その20

わしじゃ、実釣じゃ。どうだ、釣れとるか?
いやあ、全然ダメです。この池、渋いですねぇ。それとも僕がスランプなのかなぁ。仙人、どうしたらいいか教えて下さい。
かっかっか。だいぶ弱気じゃな、しかし、一人前の釣り師になるには、この試練を乗り越えなければいかんのよ。
ボが恐くて、釣りに行けるかってんだい!グスッ。
なんで、泣きながら叫んでんですか。
よう聞いてくれた。最近な・・、うっ、いかん。なんでもない!修行が足りないと自分を見失ってしまうという例じゃ。
え〜と、渋いか、う〜ん、釣れない理由はいろいろあるが、そうじゃなぁ、まず、魚のいる所にフライが届かなければ釣れんな。
そりゃまあ、そうですよね。
それには、キャスティングがある程度出来なければいかん。
ぼくも練習したので、それなりには飛びますけど。
どぅれ、ちょっと振ってみなはれ。
なんで、関西弁なの。ま、いいか。じゃ、やりますよ。(シュ、シュ、シュゥ・・)
いかん、いかんなぁ。
えっ、いけませんか?
お前のキャスティングには、余裕というものがないな。
ヨユウ?
例えば、距離で言えば、自分の限界が15mだったら、12mくらいで、少し余裕を残して振るということが肝心じゃ。
「いっぱい・いっぱい」では、どうしても正確なターンオーバーの確率も低くなるし、トラブルも多くなるぞ。
その結果、釣れる条件がどんどん少なくなるんじゃ。
なるほど。
距離だけではないぞ。リズムもそうじゃ。どれ、見本を見せてやろう。
ちょっと、そのロッドを貸してみなはれ。いいか、よく見なはれ。(シュ、シュ、シュゥ・・)
あは、いやぁ、わし、やっぱ、ウマイな。くくっ、このスムーズなループ、う〜ん、素晴らしい〜。
なに、自分で自分のキャストに見とれてるんですか。ナルシストじゃないんですか。
あっ、しかし、そうゆう人、管理釣り場によくいますよね、「キャスティング病」みたいな人。
魚を釣りに来たのか、ロングキャスティングを自慢しにきたのかってカンジで、
シュートしても、フライの着水も見ずに自分の足元見てたりして。
しかも、キャスティングはうまいけど、案外釣れていなかったりして。
へぇそう? そんなことより、見て、見て。わし、なかなかうまいじゃろ、水面に映るこのラインの走り!
あんた、全然、ひとの話聞いてませんね。
もう、こうなるとフライ雑誌のビデオとかで見るプロキャスターのレベルじゃな〜い?
だれか雑誌社にわしを推薦してくれんかのぅ。
そんでもって、シュート!うぁ、(ズボッ)
はは。自分のキャスティングに見とれて、池に足突っ込んでどうするんですか!ちゃんと足元見てなくちゃ!
アレ?足元を見る?
あ〜あ、片足、ハマッテしもうた。チメテ〜。ん?、こんな所にスイセンの花が。キレイじゃのぅ。
雑誌に推薦してくれとか、スイセンがキレイだとかって、なにのんきなこと言ってるんですか。
あのね、そんなことより、釣れないんですけど!
ああ、そうそう、そうじゃったな、う〜ん、釣れない理由はまだまだあるぞ。
次ぎはフライじゃ。魚の目の前にフライが届いても、その気になるようなフライでないと、魚は食いつかんぞ。
そうなんですよ。今日はもう、ほとんどのフライを試しましたけど、さっぱりです。
僕のフライボックス、見て下さいよ。もうカラッポですよ。
お前の毛鉤箱か、はぁ〜ん、どら、見せてみなはれ。あ〜、こりゃいかん。ろくなフライがないな。
いや、ヒドイなぁ、これで魚を釣ろうなんて、もう「詐欺」じゃな、「罪悪」と言ってもいい。
スミマセンね!悪いフライで。え〜と、じゃあ、最後の切り札、このフライはどうですか?
一応、僕のオリジナルパターンなんですけど。
ほぅ、こいつはまあまあじゃな。・・・わかった!、このパターンの名前は「ホープ」!
えぇっ!どうして僕のオリジナルフライの名前を知っているんですか!?
かっかっか。仙人を甘くみるなよん。
だいたいじゃな、何千年も前から、悪いものが出ていった箱に残ったものは、「希望」ということに、オチが決まっとるんじゃ。
オチ? なんのことですか? なんか、話がメチャクチャですね。
やっぱ、わかる? 道場も久しぶりなんで、イマイチ調子出んのよ、スマンな。・・今日はここまでじゃ〜。
だから、まだ、釣れてないっつうの! 
kingfisher注記:  ●自分の外見などに自信を持ち過ぎることをナルシシズム(自愛、自己陶酔)と呼びますが、
ギリシャ神話の、美男子ナルキッソスは、水面に映る自分の姿に見とれて、
池に落ちて死んでしまい、花の化身になってしまいます。
水辺で水面を向いて咲く水仙(スイセン)は、英語ではナルシッサス(Narcissus)。
語源というか、そのまんまですね。
「推薦」はもちろん、ダジャレで意味はありません。

●仙人が「はぁ〜ん、どら」と覗いた箱は、同じくギリシャ神話の「パンドラの箱」の話で、
天上から地上に降りる女神パンドラが、神々から与えられた「開けてはいけない箱」のことです。
(なんか、浦島太郎の玉手箱みたいですが) どうしても中が見たくなったパンドラが箱を開けると、
「病気」や「災い」など全ての「悪」が飛び出して、世の中に溢れました。(それが今の世の中。)
慌てて箱を閉めようとしたパンドラが見たのは、暗い箱の底に一つだけ残って、かすかに光る「希望」(Hope)だった。

・・・と、私の記憶では、2つの神話はたしかそんな内容だったと思います。
(ギリシャ神話かい、しかし、そこまで無理して、管理釣り場のフライの話にせんでも・・)
kingfisher注記②: 管理釣り場で釣りしながら、ひとりでブツブツ「わしじゃ」とか「かっかっか」と言ってる、
ヘンなオヤジがいたら、それは私です。
(んなヤツ、いないか)

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