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八月の初めに、神奈川県の真鶴というところに、釣りに行ってきました。そのとき、偶然目に付いたのが、左手に見える、幟でした。 源頼朝に関するお祭りを行っているようです・・・ |
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ここ真鶴は、石橋山の合戦で敗れた源頼朝が、逃げ潜んでいた所であります。この洞窟こそがその場所なのです。旗の間に見える鉄格子の中に、小さな洞窟があり、ここに身を隠したそうです。現在は非常に小さな洞窟で、人が五人も入ったら満杯です。 頼朝は、この洞窟のため平家の追っ手から逃げることが出来ました。その後安房に渡り、千葉氏等の助勢をかりて、ついには平氏を倒すにいたったのです。 |
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洞窟の中はこのようになっています。すっごく狭いです。頼朝の石像が安置されております。 お祭りが毎年開催され、花火、飾り船等が出ます。私が行ったときは、その前の週と言うこともあり、釣り客しかいませんでしたが・・・ |
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夕飯で食べた寿司です。安かったです。一貫 100 円。くるくる寿司と値段は代わりませんが、全然違いますよ! |
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これは釣りをしている友人です。最初はわんさか釣れていたのですが、このころは全く当たりさえもなかったです・・・ 向こうに見える島みたいな陸地は、有名な「魚付保安林」です。森が地下水を貯め、その地下水が海に注ぎます。また、この葉等も落ちます。栄養価のたかい地下水、及び木葉は、海中でプランクトンの餌になり、そのプランクトンが魚の餌になっているのです。そのため、この森の周りは良い漁場に成っているそうです。 |
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釣果です。馬面カワハギ、サバ、アジ、金目鯛・・・・など、名前が分からない者もいっぱい・・・ |
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真鶴からの帰り道は、箱根経由で帰りました。途中に、山中城があり、これは見ないと!と思いまして立ち寄りました。 |
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山中城は、後北条氏の支城で、東海道を北上したときの関東の玄関口に当たります。後北条氏も力を入れて普請した様子が、城の規模から良く分かります。 しかし、太閤秀吉の北条征伐軍 15 によって、山中城はたった一日さえ保たなかったのです。こんな山城が何で一日も保たないのだろう?・・・と思いました。 右手は、旧東海道の石畳道です。東海道の脇をにある山中城が、交通の要所であったことが伺い知れます。 |
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西斜面に残る、空堀です。遠く、相模灘も見渡せます・・・ |
