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途中からこのように急に上り坂になります。今回の城攻めは、風邪引きさんであったため息が「はあはあ」切れました・・・左の写真ではわかりにくいのですが、この坂、かなりきついです・・・そして左の写真のてっぺんを左に曲がると三日月井戸があります。
天正二年 (1574 年 5 月 12 日)、二万五千を有する武田勝頼勢に包囲され、小笠原長忠は力戦したが援軍が遅れたため力つき、六月十七日に開城し、武田の手に落ちた。これにより信玄公にも落とせなかった高天神を息子勝頼が落としたと言うことで、勝頼の武名は一時上がったが、長篠の負け戦で武田の影は薄れた。
高天神に入った横田甚五郎院尹松は、遠江唯一の武田軍の拠点を良く守り、家康の攻撃を防いだ。家康は大々的な土木工事を持ってして高天神を孤立させ足かけ七年掛けて攻略した
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