
1
大弐は「士農工商は社会生活に必要な職務分担であって階級ではない、人は皆平等である」と教え、柳子新論に個人の尊厳と共存共栄の世のあり方を書き、幕府政治を批判した。
明和四年捕らわれたが、大弐の教えは百年後に目を覚まし徳川幕府は倒された。 先生こそ一身を犠牲にして大衆の不変の福祉 (ある意味現在の福祉基盤をつくったとも言えるのでは?) をもたらせた義人である。明治になり、その考え方が賞され正四位を与えられた。大正十年神社に祭り学問、教育、平和繁栄の神様と尊敬されている」
1
![]() |
![]() |
| 向こうに山県家の紋「桔梗」が見える!左にお墓と大弐像、右は舞台になっていた。 | 山県大弐先生のお墓。以前は隣のお寺にあった。先生の尊王論は民衆の平等という考え方よりきている。幕末の薩長とは少し異なる。 |
大弐存在当時、尊王論を説きかつ身分平等を謡った人物は何人かいますが、その信念を最後まで通したのは大弐だけだった。幕末から明治にかけての福沢諭吉の考えなどは大弐の考えをパクったもので、それがしはあまり評価しないでござる(慶応出身の方すいません)。
1
1