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アメリカ在住日本人のウェブサイトに思う

アメリカ在住日本人による個人ウェブサイトは数え切れないほどあり、しかも、それらの多くで、アメリカの生活や文化に関する話題を扱っています。 このことは、アメリカに住んでいる人や今後住む予定のある人、あるいはアメリカでの生活に興味を持つ人の期待に応えるという意味で、たいへん有益だと思います。
しかしながら、私は、これらの情報のうち、アメリカ文化を深く理解するために役立つものは、残念ながらごく一部に過ぎないと思っています。

個人ウェブサイトでアメリカでの生活を紹介する際の典型的なスタンスとして、次のようなものがたいへん多くみられます。

すでに述べたように、これらのスタンスによる情報提供が無益であるとは思いません。 「アメリカでの生活のようすを知りたい」という興味を満たすうえでは、これらは十分価値のある情報でしょう。
しかしながら、「アメリカの社会や文化を理解する」という視点に立ったとき、これらの情報はあまりにも浅はかで、真の異文化理解にはほど遠いものであるように思えます。

たとえば、アメリカと日本の運転免許制度について論じるとします。 以下の記述のうち、最も有益なものはどれでしょうか?

  1. アメリカで運転免許を取るのは簡単で費用も安い。 それに比べて、日本では免許を取るにはお金も時間もかかる。
  2. アメリカで運転免許を取るのは簡単で費用も安い。 それに比べて、日本では免許を取るにはお金も時間もかかる。 日本の免許制度は最悪だ。 アメリカを見習え。
  3. アメリカで運転免許を取るのは簡単で費用も安い。 それに比べて、日本では免許を取るにはお金も時間もかかる。 これは、アメリカの社会が自由と自己責任を重んじるのに対し、日本の社会では保護主義的な思想が根強いことを反映していると考えられる。

いうまでもなく、アメリカ文化を理解するうえで最も示唆に富んでいるのは3番目の記述です。 しかしながら、現実にWWW上に存在する情報の中には、1番目や2番目のスタンスで書かれたものがあまりにも多いように思えます。
1番目は、単に日本とアメリカの違いを事実として述べているだけで、「だから何なの?」の一言で終わってしまいます。 また、2番目のような作者の主観による一方的な論評は、アメリカ文化に対する理解を深めるのに役立たないばかりでなく、読み手として不快感すら覚えます。

アメリカ文化に限らず、異なる文化を真に理解するためには、単に表面的な事象を数多く知るだけでは不十分で、それらの根底にある歴史的・社会的・思想的背景まで含めて考えることが必須であると、私は考えています。

Boise on the Webで取り上げたボイジー・アイダホ州やアメリカ生活に関するトピックは、アメリカの社会や文化のごくわずかな一部分の事象に過ぎません。 しかし、それらの事象を切り口として、少しでもアメリカの社会や文化の本質に近づけるように努力して書いています。
Boise on the Webの情報を通じて、読者の方々がアメリカの社会や文化について本質的な興味を少しでも深めてくだされば、作者としてたいへんうれしく思います。 同時に、アメリカ文化の真の理解に役立つ有益な情報が、より多くのアメリカ在住日本人によってWWW上に公表されることを、強く期待しています。

アメリカ地域情報リンク集では、できる限り上述のコンセプトに合致し、かつ質の高いウェブサイトを選んで収録しています。 これらのサイトをご覧になれば、私がアメリカ関連ウェブサイトの内容として何を求めているか(そして、何を「求めていない」か)、さらには、Boise on the Webが何を目指しているか、おわかりいただけると思います。

「月を見よ」と指す師の指を見るなかれ!

「月を見よ」と指す師の指を見ることは、愚行として理解されるべきことでしょう。 しかしながら、多くのアメリカ在住日本人の個人ウェブサイトは、「月を指しているようで、実は『指』を見せびらかしている」ように思えてなりません。

もちろん、アメリカにお住まいの方が、ご自身のアメリカでの私生活を披露するためにウェブサイトを運営することは、決して否定しません(むしろ、最近のブログの流行は、まさに、「私生活の披露」が表現の方法によってはたいへんな好評を博す可能性があることを示しています)
でも、それなら、月を指さなければよいのです。 最初から、月ではなく自分自身を指しているのであれば、何も言うことはありません。
ところが、実際にアメリカ生活・アメリカ旅行関係の個人ウェブサイトを見てみると、「アメリカの文化」や「○○州××市を紹介」などとうたって「月」を指すポーズをとっていながら、中身は単に自分自身の出来事や雑感を記しているだけで、実際には「指」を見せびらかしているに過ぎない、そんなサイトがあまりにも多いように思えます。

作者自身の個性を活かしてサイトを作成することは、もちろん大切なことです。 しかし、個性を活かすことと、作者自身の露出度を高めることとは全く別のことです。 真の「個性」とは、月を指す、すなわち、見せたい対象をコンテンツとして表現する過程で、おのずとにじみ出てくるものではないでしょうか。
文楽の人形遣いは、究極的には「自分の存在を観客の視界から消す」ことを目的としています。 文楽は人形遣いが堂々と観客の前に姿を現す(*注)人形芝居ですが、当然ながら、人形遣いの動きばかりが観客に注目されては、人形芝居は成り立ちません。 そこで、人形遣いは、巧みに人形を操って観客の視線を人形に釘付けにすることで、自分自身を表現するのです。 そのとき、たとえ人形遣い自身は観客の視界に入っていなくても、人形遣いの「個性」は、その人形の生き生きとした動きの中に表れているのです。
ウェブサイトの制作に限らず、およそ「創作」とか「表現」などと呼ばれるものは、そういうものではないでしょうか。 「自伝」や「自画像」のように、作者自身が表現の対象となることもありますが、そうでない場合は、作者自身の露出度を高めることは、むしろ表現の妨げにさえなると思います。

(*注) 文楽では1体の人形を3人で操りますが、3人のうちメインの「主遣い」は黒子にならず、紋付袴で顔を見せたまま舞台に立ちます。 「左遣い」と「足遣い」、それに端役の人形遣いは黒子になります。

Boise on the Webの作者である私にとって、「月」はもちろんボイジーという都市そのものです。
Boise on the Webの運営を通じて、私は一心にその「月」を指し続けています。 そして、「指」であるところの私自身は、注目される必要のない、むしろ「月」を見るためには邪魔な存在であると考えて、Boise on the Webのコンテンツに不必要に入り込まないように意識しています。

趣味で個人のウェブサイトを開設しているアメリカ在住日本人の方々に、私は問いかけます。
あなたにとって「月」は何ですか?
あなたが見せたいのは「月」ですか? それとも「指」ですか?

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