
調査地遠景 池の汀がはっきりとわかります
今年の春、京都市中京区西京商業高校グラウンドから伊勢神宮につかえる斎宮(さいぐう)が住んでいた可能性の高い平安時代中期の邸宅遺構を発見され、話題になりました。「斎宮」などと書かれた墨書土器が出土し、池などの庭園がほぼ完全な形で残り、平安貴族の優雅な生活が鮮やかによみがえりました。
発見された邸宅は平安京の右京三条二坊十六町に当たり、一町(120メートル)四方の大規模な敷地でした。その北部のほぼ中央には東西約15メートル、南北約40メートルの池が姿を見せました。池に清水を注ぐ木枠に囲まれた泉の遺構や、一部が水上に張りだすように建てられた建物跡も見つかっています。池の土壌から見つかった花粉分析の結果、松やツツジ、モミジ、アヤメのほか、当時は珍しい柿が庭園に植栽されていたこともわかったそうです。池の中からは、平安中期の9世紀末から10世紀前半の土器が数多く出土し、邸宅はこの時期のものと推定されています。敷地南側には、邸宅の主に仕える人が住んだと見られる建物群が出土しています。
古代学研究所所長角田文衞先生は、邸宅の位置と土器編年による9世紀末から10世紀前半という年代から、文徳天皇の皇女恬子(やすこ)内親王の邸宅と推定されています。恬子内親王は、在原業平との禁断のラブロマンスで有名ですね。それを考えるとちょっとロマンチックな気分になります。

左 「齋(斎)宮」の文字が書かれた墨書土器 右
人形(ひとがた)
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