おしえて№402 投稿者 ひかるさん
 なんで国によって動物の鳴き声とか音の表現の仕方が違うの?
なかよし君

それは長男が幼稚園児のころでした。
「アメリカでは犬はバウワウと鳴く」と教えたことがありました。
ハワイ旅行に行った時の話です。


長男はびっくりして言うのです。
「あの犬はえらい、日本語ができる犬だ。だってワンワンと鳴いているもん」


そくらちゃん

 一言で片付ければ文化の違いです。
 それぞれの国の人々が長い歴史の間に、それぞれの発音表示をとった、ということであり、それが発音上の無意識のマナ−になっている、ということです。
 生まれたての赤ちゃんは、音(オン)の区別がなく、バ−とかブ−とか不明な音しか発語しませんが、これを母親が、「はい、ねこちゃんよ、ニャンニャン鳴いてるでしょ」などと音(オン)分けしていくことにより、赤ちゃんの音は、母音、子音に分かれ、言葉に成長していくのです。
 
フランスの人が、日本の花を「アナ」としか発音できないように、それぞれの国で、母音、子音の発語方法も異なっています。それと同じく、それぞれの国の母音、子音で、動物などの鳴き声を聞き分けたように差別し、こうして鳴くのは、「犬だ」「猫だ」と意味を確定させていたのです。
 
 私たちは、日本人の耳が一番正確に動物の鳴き声を聞き分けているように感じていますが、よく聞けば、動物の鳴き声も、母音、子音で表現出来ないように、千差万別の音からなりたっています。むしろ、犬はワン、と決めてあるから、犬の鳴き声について語れるのです。
 正確に言うとすれば犬はワンでもウ−ワン、グワンでも、良かった、しかし、たまたま日本の祖先たちは、日本という風土の中で、ふと、気づくと、ワンという音を選択していただけなのです。言葉は、知らないうちに話されるものになるので、これを追求することは難しいのです。そして、知らないながらもこれが、日本の文化的な決定、となっているのです。ですから、300年後も犬はワンという鳴き声の動物、と意味付けられているかどうかは、未確定でもあります。

さやさん

 国によって、言葉が違います。
 それと同じく「発音」も違います。そして、「聞こえ方」も違うはずです。どの国でも、いろんな音の表現などは昔から言われてきた言葉なハズ。でも本当に、犬の声って「わんわん」に聞こえますか?良く聞いたら「ヴォンヴォン」の方が近くないですか??私だってこう思います。
 もしかしたら、各国で「言い始めた人」も一人一人聞こえ方が違ったと思います。お皿の割れる音、「アメリカで最初に表現した人は【ガシャン】と聞こえたかもしれません。でも、「日本で言い始めた人も【ガシャン】と言うかは分からないです。一人一人聞こえ方が違うのですから。
こんな感じでしょうか♪
(あ。例えは例え。ホントの事じゃありません。)

TAKEさん

 それは国によって言語が違い、言語が違うと発音(発声法)が違い、母国語の発音が違うと聞こえる音が異なってくるからです。たとえば日本語の場合母音の数が少なくはっきりした音声で構成されていますが、英語の場合は母音の数も多くたくさんの中間的な音声で構成されています。 人は産まれた国の言葉を聞いて育ちますが、母国語によって聞き取れる音と聞き取れない音に差が生じ、また音の感じ方も異なってきます。言語によって音声の表現が異なるのはその言葉を母国語としない人には違和感を覚えるものですが、その国の人には確かにそのように聞こえているのです。
 ですが余談ではありますが、どの国の子でも言葉を覚える前の発音は同じとみえて、親をさす言葉は圧倒的に「mama」や「haha」もしくはそれに近い発音をする単語になっています。(国によっては祖父母をさす言葉になっていることもありますが身近な保護者をさす言葉であることには違いはありませんね)

Humuさん

 それぞれの母国語には特徴があり、その脳は子供のころから親しんできた言語の発音、特徴が、簡単な音を聞いても関連付けられるように成っている。だから、その動物の鳴き声を聞いて連想する発音は母国語によって異なってくる。

夏子さん

 動物が鳴き方を変えるはずはありませんよね(^.^) それは文化の差です。例えば虹があります。日本では虹は七色だと決まっているようですが、アメリカでは五色です。藍などの概念がないのです。アフリカでは三色だったりします。月なんかも地球上で見てる人の居住地域が違うので、日本ではウサギの餅つきに見えますが、ヨーロッパでは大きなはさみを持ったカニに見えるそうです。 鶏の泣き声がコケコッコーだったりコッククードルゥドゥだったり、羊がメーだったりベヘヘーだったり、聴く人の育った環境で概念が決定されるようです。分かりにくい説明でごめんなさい。

くろぅさん

 違っていて当然ですね。まず最初に、この動物の鳴き声の表現や音の表現は擬声語ないしは擬態語と呼ばれるものです。違って当然なのはたとえば、日本語で猫の声の代表的なものは「にゃあ」ですが、これを何の先入観もなしに聞いて声で表現しようとした場合、同じ日本語を使う日本人でも千差万別の表現をします。
 言語について調べたとき、語源などでもしばしばでてきますが、言葉の音韻はさまざまな音韻変化を経て現在に至っています。この変化を含め、言葉の変化は多様性があります。自然発生した言葉に関して、それが統合されて行くルールはいくつかありますが(他の言語の借用や多数派の取り込みなど)結果的に現在では統合され採用された言葉として「猫はにゃあ」が生き残っているのです。
 余談ですが、母音の数であっても時代によって増減しています。日本語の場合をとってもこのような変化の後に現在があるのです。言語体系や文化的背景が違う諸外国で別個の擬声語や擬態語が発生し採用されているのは当然です。中には偶然の一致もありますが。ただし、地球的視野で今後の何百年を考えた場合、今まで狭い地域(国や言語別)で行われてきた言葉の独自性がやがて統合され、単一の言葉になっている可能性は0ではありません。
 日本語でも外来語の採用や定着は顕著です。何世紀か後に世界のほとんどで「猫はみゃあ」かも知れません。ついでですが、言語の発生について。現在の研究で、原始状態の言語がどのようなものであったかということは、あまりに現存する言語が高度に発達しすぎているために確答できない状態にあります。また、言語が1カ所で発生したものか(単発生説)複数箇所で発生したものか(多発生説)かも確たる証拠をあげて断定はできません。

のんきさん

 国によって動物の鳴き方の受け止め方が違うせいではないでしょうか。英語で犬は「バウワウ」ですが、よ〜く聞いてるとそう鳴いているような気もしますよね

yutaさん

 学校の先生が以前、授業で言ってました。やっぱり文化の違いなどから生まれた感性の違い、だそうです。

たかさん

 それはその国で使用されている言語が違うからです。正確に言うと母音の音です。日本語は、「あいうえお」ですがアメリカだとae,a,i,u,e,o...と多かったりします。(わかりにくくてすみません。) きっとこの違いだと思います。

Tsuneさん

 これは、各国の発音の違いにより、起こります。たとえば、英語の「Thi」と「Si」では、微妙に発音が違うのですが、日本語では、それを発音(表現)することが出来ない(区別できない)というように、その国独自の発音、表記があると思うのです。そこで、その発音、表記にしたがって、動物や、音の表現を表すため、国によって違った表現の仕方になります。

ぶひぃーさん

 発音する音(母音とか子音)の種類が違うからじゃないですか?Aは日本語ならアしかないけれど、複数持っている言語もあるし、そうすると当然聞いたときの感じも違うからでしょう。

てるりんさん

 国によって人が喋る言葉が違うんですから、当然その国によって人が表現する音が同じって事は無いでしょう。 音を発する口の筋肉や骨格自体さえ違うんです。

超な兄貴さん

 単語は知ってても日本人が英語が聞き取れないのと同様に、本当は同じ声(音)でも、耳の質が違うから。表現が変わる。

あろまさん

実は動物も外国語で鳴いているから。

小林熊吾朗さん

聞いた人が違うからだよ。

文化の違いはこんな身近なところにあるんですね。確かにもう一度耳を澄まして聞いてみると、「ワン?て泣いてないよな〜」と感じることがあります。やはり幼児のときの脳の発達はめざましいものがあるそうなので、そのときの親の教え方で大きく変わっていくのかもしれませんね。

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