おしえて№719 投稿者 くろぅさん
 いつから逆転?
夜になると虫が騒々しい季節になりました。コオロギやスズムシが鳴いています。
で、疑問はコオロギです。
古語ではコオロギのことをキリギリス、キリギリスのことをコオロギといいます。
ちょうどうまいこと現在とは逆だったわけですが、もともとそうだったものがいつから逆転して使われるようになったのでしょう?
きっかけとか由来もわかるとありがたいです。おしえてください。
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のんきさん

コオロギは夜鳴くのに対し、キリギリスは昼間やや騒がしく鳴きます。平安時代の歌人である、後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)藤原良経が詠んだ句 『きりぎりす鳴くや霜夜のさ筵(むしろ)に 衣(ころも)片敷きひとりかも寝む』は有名ですが、この頃にキリギリスと呼ばれていたのはコオロギでした。またキリギリスをハタオリと呼んだ時代もあったようです。それから、マツムシとスズムシも今とは逆の呼び方をしていたそうです。源氏物語ではマツムシとスズムシではどちらの方がいいか、などと貴族らしい暇な議論を戦わせている場面が出てきます。もっとややこしいことにさらに時代を遡ると「万葉集」には秋に鳴く虫の総称としてコオロギという言葉を使っています。クツワムシもヒグラシも秋に鳴く虫はなんでもかんでもコオロギだったのです。
さて、毛詩、草木蟲魚疏には、「楚人は蟀蟋(コオロギ)を王孫と言う。」とあります。中国の黎明期、楚王の祖先には火正という役職、祝融という称号が与えられていました。融の意味は「炊気上に出るなり」ですから、祝融は、「炊飯の蒸気が上に出るのを祝う。」という意味になり、火に関係しています。荊楚歳時記には、「五経異議にいう。…祝融は竃神となる。姓は蘇(「ソ」か「ス」)。名は吉利。」とあり、祝融が竃神になったことを明らかにしています。つまり、コオロギ(楚の王孫)をキリギリスと言うのは、楚王の祖、竈神、祝融の名が吉利(キッリ)とされたことから始まっているのです。荘子、達生篇では、「竃に髻(キツ、キチ)あり。」となっていて、これもコオロギのことかと思えます。エンマコオロギという種名も、竈の火と地獄の閻魔さんを結びつけて付けられたもののようです。
さて肝心の疑問にある、名前が入れ替わったきっかけと由来ですが、残念ながら探しあてることはできませんでした。のんき的に想像で書かせていただきますが、
1、平安時代の貴族的な文芸が庶民に浸透する間に変化した。
2、日本独特の言葉遊びをしているうちに自然に変化した。
3、その鳴き声により勘違いされたままこんにちに至った・・・こんなところしか出てきません。

「塚田敬章氏」製作、古代史のHPより抜粋 http://www.tk4.speed.co.jp/temb/2/main2.htm
キリギリス、コオロギの姿を見たい人、声が聞きたい人は「虫の声World」へ http://mushinone.cool.ne.jp/itiran.htm
matsumotoさん

  コオロギとキリギリスが昔と現代で逆というのは、江戸時代の国学者達の研究によるものですが、異論もあり本当に逆だったのか、またいつごろ逆転したのかは定かではありません。
本当に逆だったとしてその理由を考えますと、
1.昔は昆虫図鑑などなく、虫の分類も現代に比べるとアバウトであり混同されることが多かった。
2.平安時代以前の公家文化が衰退し、鎌倉時代以降の武家や町人文化との間でギャップが生じた。

 等が考えられます。
Tsuneさん

 コオロギとキリギリスの名前が入れ替わったのは、今から1000年近く昔の平安時代以降と思われます。
 尚、名前が入れ替わった経緯については、残念ながらはっきりしないということです。(手持ちの語源辞典等も調べましたが、やはりはっきりしたものがありませんでした。)
ガウリィさん

  聞いた話ではその2匹は当時しっかりと区別されていたわけではなくて結構いいかげんだったらしいです。あとこの事がしっかりと区別され始めたのは江戸時代あたりらしいです。
 私もいろいろと調べてみたのですが、なかなか難しいようですね。そもそも、コオロギとキリギリスが反対だったということ自体がスゴイ発見みたいで、理由となるとはっきりしないということのようです。今回は久しぶりに捜索マークを付けておきます。
正答者の方々です。本当にありがとうございました。
のんきさん・Tsuneさん・ガウリィさん・matsumotoさん

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