| おしえて№328 投稿者 くろぅさん・ながこさん |
都、はまだ首都だからわかるけど、府と県、道の違いは何? (北海道の「道」ってどういう意味なんですか?昔の街道とも違うようだし、不思議です。) |
この疑問をずばり解説しているサイトがありました。そちらを見ていただければ良いと思いますが、御用とお急ぎの方や、ネット接続料金を節約したい方のためにそこから抜粋しておきます。 「北海道」は歴史的な違い。 まず道と都府県の違いは歴史的なものです。都府県は明治政府が江戸幕藩体制の「藩」を国の直轄する地方機関である「県」「府」に置き換えたものです。いわゆる「廃藩置県」です。 しかし当時の蝦夷地(北海道)には江戸幕府の支配は及んでおらず、藩もなかったため(現在の渡島半島には「松前藩」がありましたが)新しい一つの地方機関で管轄することになりそれを「北海道」と命名しました。「北海道」の名の由来は、奈良時代から平安時代にかけて、「五畿七道」という行政区画がありその中に「東海道」「南海道」「西海道」があったのを参考にしたようです。 「府」と「県」は重要度の違い 「県」は訓読みでは「あがた」と読み、単に「地方」を意味する言葉ですが、「府」と言う言葉は古代から「役所」の意味で使われてきました。そこで明治政府にとって特に重要な東京・大阪・京都だけは「府」とし、 他は「県」と呼ぶことになったようです。 「都」は戦時体制の生き残り 戦前は「都」がなく、東京も「府」でした。「東京都」は太平洋戦争中の1943年に東京市(現在の23区)と東京府の機能を統合して出来たものです。戦争中は国家総動員体制のため、いろいろな機関が統合されたのですが、これもその一つです。戦後の地方自治制度の再整備によって、都道府県の法的な差異は全く無くなって、単なる名称の違いだけになりました。 参照URL:戸田孝の雑学資料室 http://www.biwa.ne.jp/~toda-m/geo-hist/prefrank.html 府は行政の中心地ということで県と区別したものです。 廃藩置県の直後は、大阪、京都、東京が府でした。(明治4年の廃藩置県に先立って、明治元年に、江戸府から東京府に改称されています。そして東京は、その後、昭和18年に都になりました) 道は、律令制での行政区分で国(武蔵とか)よりも大きな区分で、北海道を除く日本が7つの道に分かれていました。 そして、明治の初め(明治2年)に、まだ未開の領域だった北海道を開拓すべく明治政府が北海道と名づけ、開拓使をおいたのが北海道の始まり(政府の直轄地だった)。広さ的に考えると、九州(西海道)よりも大きいわけですから、妥当だったのでしょう。そして、北海道が県と同じレベルの地方自治体になったのは、ずっと遅れて昭和21年です。 『府』は『県』より格上(歴史的に見て)の地名です。『道』は『都府県』とは異なる経緯で名づけられたそうです。 ここに載ってました(→)。(参考URLはけんたさんと同じく) 大辞林によると、都と道と府と県。一都一道二府四三県がある。国と市町村の中間に位する広域地方公共団体。議決機関として議会、執行機関として知事を置く。自治権を有し、広域にわたる事務や市町村に関する連絡事務などを処理し、条例・規則を制定し、地方税を課すなどの権能を有する。ということになっています。国と市町村の中間に位置するという立場としては、都、道、府、県とも同格なんではないでしょうか。 |
| 非常に参考になった疑問ですね。やはり当時の情勢とのギャップが今日の私達には分かりにくい名前となってしまったのでしょうね。 |
| 正答者の方々( 4名)です。ありがとうございます。 |
| けんたさん・浜ちゃん・iammyさん・Tsuneさん |