聖なる夜よ 灯火よ
御身らのみを立ち会いに選びてわれらは契りしを
わが君はわれを愛しみ われは君を離れじと
夜と灯りに誓しを
かの誓は水に流され
夜よ 灯しよ 御身らは
よそなる胸に彼の人を見る
エロース憎し
重き力を何故にけだものどもに及ぼさず
私のこころに矢を射なさるや
恋の炎で人間を神が焼くとて何になろう
それとも私を殺して頭から
競いごとの見事な首柄を作りなさるのか
ゼウスは鷲の御姿でガニュメーデースに飛来され
金の髪なすヘレネーの母には白鳥のご来臨
さてもいずれも比べがたし
あちらがまさるという御仁、こちらがお好きという御仁
私にとってはどちらも素敵
美女も美少年も良いけれど……という戯詩です。
ゼウスはギリシャ神話の主神。鷲の姿になって美少年ガニュメーデースを誘拐して酌童としたという伝説があります。
「ヘレネーの母」とは、レーダーのこと。ゼウスは白鳥の姿になって彼女と交わり、トロイア戦争の原因になった絶世の美女ヘレネーを産ませたとされます。
別嬪だろうと魅力がなけりゃ
鉤もつけずに流れる餌よ
嬉しがらせて心捉えず
先陣をきる父プロトマコスの娘と
勝ち戦するニコマコスの娘を娶り
ゼノンよ、君は家内に争いを得た
友なる姦夫、戦治めるリュシマコスを探せ
奴は君を憐れんで
プロトマコスの娘たる夫争うアンドロマケから
放免してくれようぞ
「戦争」に因んだ四つの人名、プロトマコス(先陣)、ニコマコス(戦勝)、リュシマコス(終戦)、アンドロマケー(夫の争い)を読み込んだ戯詩です。
これが人生、これこそが人生、人生とは愉楽
わずらいどもよ、去れ
人の命は短い
まさにいま、酒が
まさにいま、踊りが、花の冠が
まさにいま、女たちが
憂いを晴らす救いの神
今日こそ我が佳き日
明日のことなど誰が知ろう
くれないの薔薇になれたら
あなたに手づから摘まれ
雪のように白い御胸の歓びとなりましょうに
見目愛らしき笛吹き女
ボイディオンとピュティアスは
キュプリスさまよ貴女さまに
帯と絵姿を捧げたり
商人よ商船よ
君の財布は知っている
腰帯のよってきたるところ
絵姿のよってきたるところ
つまり、貿易商人から巻き上げて奉納したということです。
キュプリスは性愛と繁殖と美の女神アプロディテのことで、売春婦の守護神でもありました。
八百万の神々の母なる夜、愛しき夜よ
私は祈る、ただひとつだけ
夜宴の友なる夜の女神よ
ヘリオドーラの夜着をかけられ
肌身の温もりに眠り惑い慰む者あらば
ランプは眠れ
彼女の胸に身をば預けしその者は
安らえ、第二のエンデュミオン
「夜着」と訳した「クライナ」は外套のことですが、寝具にも使われたものです。
ヘリオドーラは女性の名前。
エンデュミオンは月の女神に愛された若者の名前。不老不死の永遠の眠りを与えられたとされています。
ゼウスさまはつれないおかた
鼻高々な彼女のために姿をお変えにならぬとは
美貌にかけてはエウローペー
またダナエーやたおやかなるレーダーにも
及ばぬところはありはせぬ
淫売どもをゼウスさまが
卑しまれるならことはべつ
何しろ存じておりますが
お手をおつけになったのは
王族の身の乙女たち
エウローペーはテュロスの王女、ダナエーはアルゴス、レーダーはアイトリア王女です。ゼウスはエウローペーのところには白い牡牛に、ダナエーのもとには黄金の雨に、レーダーのところには白鳥に変身して訪れました。
私はお酒は好きでなし
飲ませてやろうというのなら
先に味わい飲まれたし
さすればお受けいたしましょう
君が唇を触れたなら
もはや酒杯をひかえることも
甘き酌童を逃れることも
はたすは容易ならぬこと
酒杯が君のくちづけを私に運び
杯の受けしめぐみを伝えますれば
「酒杯」と訳したのはキュリクスという言葉です。ワイングラスのような深いカップではなく、お屠蘇に使う杯のようなお皿型の陶器です。日本の杯と違って耳がついています。たいてい綺麗な絵が描いてあり、使わない時は耳を壁にかけて絵を見て楽しみました。
直径20センチはある大きな酒器で、宴会の時はキュリクスにお酒をついでみんなで右回りに回し飲みをしました。上の詩はこの習慣を前提にしたものでしょう。
そのむかし器量頼みにお高くとまっていた女
結い髪の房を揺らめかせすましていた女
我らの悲痛も自惚れの種だったあの女
寄る年波に皺もより
かつての美貌は飛び去った
乳は垂れ
眉は禿げ
目は溶け崩れ
口は老いぼれた物言いに歯を鳴らす
私は言う
白髪は憧れの復讐
裁きは正しく
思い上がった者たちに速やかに下る
美人は早く老けるなどと申しますが。
「憧れ」はpothos。思い焦がれる気持ちのことですが、憧憬の神ポトスの名でもあります。「復讐」はnemesis。これもネメシスという神の名。出過ぎた振る舞いをした者に罰を下す報復の神です。
「男たちの悲痛も自慢の種」ではなくて「我らの」となっているところに詩の広がりを感じます。
エロースさまは三重ねの海賊
眠りもやらず
大胆不敵
ひとの衣をはぎ取りなさる
軽々しくも詩の神は九柱と言う人もあれど
レスボスのサッポーは十柱目の詩の女神
かくのごとくも長槍は
高き柱に立てかけられて
よろずのお告げを下される
ゼウスに捧げられたまま
かねの穂先はすでに老い
いくさ好める戦場で
百戦振るうて疲れやつれたり
畑にましますこの社
万風一の富者ゼピュロスに
エウデーモスは捧げたり
祈り願う身に馳せ来り
このうえもなく早々に
穂から麦を簸るがゆえに
ゼピュロスは西風の神。
レーナイオスよ、君のことは
カワセミたちがかならずや
心を遣うてくれようけれど
ものも言えずに母上は
冷たい墓に身をかぶせ
君を嘆いておられるよ
カワセミについては諸説がありますが、ハルキュオネー(アルキュオネー)という女性が海で死んだ夫を嘆いてカワセミになったという伝説があります。
星を見つめているね、私のアステール
私が空になれるなら
数多の星の目で君を見つめようものを
アステールは人名。またギリシャ語では星はアステールといいます。
我は盾
かつて敵の鎗を防ぎ
音も高き合戦の
おぞましき血の波を浴びた
戦乱の猛きに海が主をさらい
船人たちが凄まじい難破に遭うたあの時も
仲間を見捨てはしなかった
汝善き荷を我は運び
まことに友は
祈り捧げし港につけり
文法の先生のお嬢さん
愛しいお方と一戦交え
お子さんたちを産んだとさ
男性、女性、中性の
「七曜」からの一詩行
ゼウス、アレース、パポスのお方、
月とクロノス
日とヘルメス
意味としては七曜の名前が列挙されているだけですが、詩の形式に合うように並べてあるところが面白味です。
ゼウスはギリシャ神話の主神。天体では木星に当たります。アレースも神名。天体では火星。パポスはキュプロス島の町。キュプロスはアプロディテ(≒ヴィーナス)の島。天体では金星です。クロノスはローマでサトゥルヌスと同一視された神。天体では土星。ヘルメスはローマではメルクリウスと同一視された神。天体では水星。
これはアルカイオスの墓
姦夫を懲らす葉の幅広き大地の娘
玉菜がそやつを殺したり
実際に行われたかどうかは分りませんが、間男は肛門に二十日大根(rhaphanis)を押し込まれて殺されることになっていました。この詩もこれを受けているようで、P.A.Patonはrhaphanosをradishと訳しています。
「大根」のほうが詩の通りは良いのですが、しかしrhaphanosはふつうキャベツを指す言葉ですのでそのまま「玉菜」と訳しました。
薔薇の盛りはひととき
過ぎ往けばお望みになろうとも
貴方は荊刺を見出されましょう
薔薇はなく