九鬼周造「ギリシア哲學禮讚」
- 星空を仰ぎて耳に天球の調(しらべ)ききけむいにしへ思ほゆ
- 天球の調(しらべ)を夜空はるけくも耳にききけむいにしへ思ほゆ
- ものすべて流れ居りとは臟腑(はらわた)をしぼりていでし言葉なるべし
- 梓弓いそぢの身には動かずと矢をいふヅエノンなかなかに善し
- 動かずと矢をいふヅエノン梓弓いそぢの身にはうれしきものを
- 動かずと矢をいふヅエノン梓弓いそぢの身にはいともたのもし
- エトナ山火を噴く口に身を投げていのち果てしかもエムペドクレス
- 色の香も味のいのちも無くてただとはに原子の動けるも善し
- 人こそは〔人間は〕もののすべての物指(ものさし)とプロタゴラスの説きし力よ
- 人こそは〔人間は〕物の尺度にあるなれとプロタゴラスの説きし力よ
- 人こそは〔人間は〕物のすべての尺度よと現代性の先きも驅けりし
- 人間は物の尺度と言に出てプロタゴラスの説きし力よ
- みづからを知れとは神の宣り言(のりごと)かまた哲人のあやにく言か
- 花かをるギリシアの春にソクラテス一夜いをねず酒を酌みしか
- 花かをるギリシアの春にソクラテス一夜いをねず酌みしうま酒
- 饗宴の灯のかげにしてソクラテス一夜いをねず酌みしうま酒
-
哲學をエロスと呼びしアカデミア昔を今になすよしもがな
- 哲學をエロスと呼びしプラトンの昔を今になすよしもがな
- 哲學をエロスと呼びしアテナイの昔を今になすよしもがな
- ひとりのみ在りしプラトンしかすがにここだくも居るかプラトン學者
- イデア説まはりまはりて風車マールブルクもあげつらひけり
- 理念説まはりまはりて風車マールブルクもあげつらひけり
- さらにまたイデアチオンの形にて現象學はよみがへりけり
- たましひの驚きをしも哲學のはじめと説きしアリストテレス
- むらぎもの心ふるふが哲學のはじめと説きしアリストテレス
- 時にまたアウトマトンとテュケをいふスタギラびとの心憎くけれ
- 時にまたアウトマトンとテュケを言ふスタゲイラびとの心憎くけれ
- 時にまた偶然性(アウトマトン)と運(テュケ)を言ふスタゲイラびとの心憎くけれ
- 陽あたりが陰になりけり帝王よ退けむといひけむディオゲネスはも
- 手もて腹こすりて飢の癒えぬかとディオゲネス笑ふせんずりてのち
- ピュロンはもエポケを説きて今の世の現象學の先きを驅(はし)りぬ
- 老ひぬればわれと身を燒き死にてゆくストアはさすが男なりけり
- 老ひぬればわれと身を燒き死を選ぶストアはさすが男なりけり
- 老ひぬれば門出を祝ひ己から死ぬるストアは男なりけり
- 老ひぬれば門出を祝ひ己から死ぬるストアの男さびけり
- 藝者衆(ヘタイラ)を弟子に數へしエピクロスの哲學によきかをりあるかな
- 藝者衆(ヘタイラ)を弟子に數へしエピクロスの哲學の味わけてよろしも
- 藝者衆(ヘタイラ)を弟子に數へしエピクロスの哲學の味はよろしも
- ヌースより神より流れ出し世をギリシア人は美しといふ
- ヌースより神より流れでし世を美しと讚めて亡びしギリシアの民
- 美しと神より流れでし世を讚めて亡びしギリシアの民
- ヌースより流れ出でけむ現し世を美しといひて亡びゆきし民
- ヌースより流れでし世を麗しと讚めてくだちぬギリシアの民
- 理性より流れでし世を麗しと讚めてくだちぬギリシアの民
『九鬼周造全集』別卷135頁、140頁
最終更新日: 2002年4月2日
連絡先: suzuri@mbb.nifty.com