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招き猫の豪徳寺 1

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 8/13 に、都内の井伊家スポットに行って参りました!こんな所に赤備えスポットがあるとは意外でした。それも面白いエピソードがありますので、ぜひ読んでみてください!

参加者 (二名) あき@へちかん (管理人)、カヨッペ (妻)

 豪徳寺は世田谷城主吉良政忠が、1480 年に亡くなった伯母の菩提のために建立下と伝えられる引徳院を前身とする。

 1633 年彦根藩世田谷領の成立後、井伊家の菩提寺に取りたてられ、藩主直孝の法号により豪徳寺と改称した。直孝の娘掃雲院は多くの堂舎を建立、寄進し、豪徳寺を井伊家の菩提寺相当の寺院に改めた。仏殿とその三世仏像、達磨、菩薩像、石灯籠、梵鐘が当時のままに現在に伝えられる。 

 境内には、直孝を初め井伊家代々の墓所があり、井伊直弼のお墓は都指定史跡に指定されている。また、井伊直孝の墓も残る。当寺が井伊家の江戸菩提所になった言い伝えは非常に面白い。

参考 世田谷区教育委員会

 招福猫児の由来 (参考 豪徳寺伝)

 現在豪徳寺は井伊直弼公の墓所として非常に名高いが、昔は貧寺であった。時の和尚、猫を良く愛し飼い慣らし、自分の食を分けて我が子のように愛育した。ある日、和尚は猫に向かい「汝我が愛育の恩を知らば何か果報を招来せよ」と言い聞かせた。数カ月が過ぎた、夏の昼下がり、鷹狩りの帰りと見える武士、五・六騎が門前から入ってきて、和尚に言った。

我等今、当寺の前を通行せんとするに、門前の猫一匹うずくまりて、我等を見て手を挙げ招く様、あまりに不審ければ、訪ね入るなり。暫く休息させよ」と言った。

 和尚は急いで渋茶などを差し出しているうちに、空が曇り、雷が鳴り出して夕立になった。和尚は心静かに、三世因果の説法をしたところ、武士は大いに喜び、「我こそは江州彦根の城主井伊掃部頭直孝なり。猫に招き入れられ、雨をしのぎ、貴僧の法談に預かること、是偏へに仏の因果ならん。以来更に心安く頼み参らす」と言って帰って行った。

 これぞ豪徳寺が吉運を開く初めの出来事であった。それ以来、井伊家の菩提所となって、田畑を多く寄進され、伽藍も大きくなった。豪徳寺は、猫が恩に報いようとした、福を招く霊験あらたかな寺である。この寺を猫寺と呼ぶゆえんである。

 左は、猫の墓である。この猫の冥福を祈り、この猫の形を作ったのが「招き猫」であり、家内安全、心願成就の霊験があると言われている。

続き (豪徳寺 2)


豪徳寺 1

豪徳寺 2 (続き)

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