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招き猫の豪徳寺 2

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 井伊直孝公墓所

 井伊家初代赤備えの直政の後を継いだ直孝。大坂の陣の折りでは、井伊隊はかなりの損傷を受けた (討死 : 広瀬左馬介、河手水主、孕石備前などの重臣、すべて甲州系)。大坂の陣後は、順調に昇進し彦根 35 万石。幕府の要職 (老中) をつとめ、秀忠、家光にも非常に信用される。正四位上中将。70 歳で死去。

 木俣守勝など重臣からの信頼も厚く、兄直継に代わって夏の陣の出陣など、治世、幕政においても功が高い良将である。

 豪徳寺仏殿

 木造大権修利菩薩像・木造弥勒菩薩坐像・木造釈迦如来坐像・木造阿弥陀如来坐像・木造達磨大師坐像が安置されている。

 洛陽仏工祥雲作。祥雲は江戸時代の代表的な仏師であり、本五体は、黄檗風仏像彫刻の数少ない違例として貴重であるそうです。

 ←写っているのは、管理人ではありません。

 井伊直弼 (1815-1860) 公の墓

 彦根城主直中の子供で、兄の後を継ぎ藩主となった。1850 年に大老になり、勅許を待たずに日米修好通商条約などに調印。また将軍後継問題においては、十三代家定の後を家茂にし、反対派の一橋慶喜らを抑えつけるという政策に出た。

 さらに安政の大獄を断行するなど、常に危険に身を置いた。安政七年三月、江戸城外桜田門外において、水戸・薩摩の浪士らに暗殺された。「宗親院殿正四位上前羽林中郎将柳暁覚翁大居士

以上、今回は都内にある赤備えスポット、豪徳寺と井伊直孝を追ってみました。お読みくださいまして、有り難うございました。次回は、京都、大坂に行く予定、また 10 月には関ヶ原にも野次馬参戦する予定です。


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