リキャットのアイダホ便り 第2集
理花 トーレス
(2000年5月22日)
私の住む街ボイジーはアイダホ州の州都。
と言ってもアメリカ人でも知る人は少ないようですね。
こじんまりした街なのに、最近は人口が急増。
新しいお家がたくさん建ち始めています。
なんでもカリフォルニアから移住してくる人が多いとか。
アイダホといえばポテト。
実は私もここに引っ越してくるまでは、なんだか雪深いところをイメージしていました。
確かに冬は寒いのですが、積もることはほとんどありません。
ここはれっきとした砂漠気候。
夏は40度近くまで気温が上がることもしばしば。
なのに湿度が全くありません。
引っ越してきたばかりの頃はこの乾燥にお肌がヒィーッ!
見かねて夫が加湿器を買ってくれました。
今では4台の加湿器(夏用・冬用)が我が家では常時フル稼働しています。
4月に入ったころから、ボイジーは急に暑くなりました。
一時は毎日30度近くまで気温が上がったりもしていましたが、今では25度前後に落ち着いたようです。
太陽が眩しい!
風が気持ちいい!
夏時間にもなりましたので、今では夜10時になっても陽が完全に落ちません。
そこでアウトドアーなこの街の人々は我先に戸外へ!
会社から帰ってきてからだって、夕食の後だってまだまだタップリ遊べるんですもの。
エイリアンの頭のようなヘルメットをかぶってロードバイクを走らせる人。
まるでトップガンを彷彿させるような、上半身裸でビーチバレー(ここにはビーチはないのでお砂場ですが)を楽しむ若者達。
それを横目で楽しんでいるのは私だけではないはずだ。
冬は夫とラケットボールを楽しんでいました。
ここの住宅地の住民が使えるレクセンターがあるんです。
ジム・プール・テニスコート・バレーコート。
でももう、さすがに室内スポーツは暑い!
夏は私、泳ぎます。
半端でなく泳ぐので、昼間はプールに行きません。
だって、日差しが眩しくて息継ぎができないんですもの(笑)。
だから早朝&夜専門なんです。
5月の最終週からプール開きですけれど、朝晩はまだちょっと寒いかな。
いいですか。
何度も言うようですが、ここは砂漠気候。
1日の寒暖の差も激しいのです。
6月いっぱいはムリかなー。
うーん。
じゃあ、それまで何しよう?
そこで思い立ったのは『ローラーブレード』です。
これずっとやりたかったんですよー。
『Play it again』という中古専門のスポーツ用品店に行ってきました。
セールを目がけていったので、結局新品を買ってしまったんですけど。
お店のおにーちゃんに、乗り方と止まり方を教えてもらうことに。
だって、おにーちゃん、ちょっとカッコ良かったんだもの。
ハハッ!
お店の中は私の悲鳴が響き渡ります。
「止まらないー! ちょっと、ちょっと、止めてー! アレー!!」
お家に帰ってから、スグに家の前の道で練習を始めました。
でも時間帯が悪かった。
その辺で遊んでいた子供達が集まってきてしまいました。
「何してんのさー?」
自転車に乗っていた2人の男の子が聞きます。
「ローラーブレードの練習よ。」
(オイコラ、見て分かんないのか?)
ズデン! イッターイ! お尻打ったよー。
「オレ達も一緒にやってやるよ。」
「え?」
彼等は私のあまりにヘッピリ腰を見ていられなかったのでしょう。
私が振り向いたときには彼等の姿は家の中へと消えていました。
もうっ!
子供の前では転びたくなかったのにー。
仕方がないか。
子供に教わろう。
2日目、2度目のシリモチをつきました。
尾てい骨って、打つと痛いのよー。
ボイジーリバーの川沿いに『Green Belt』と呼ばれる小道が走っています。
木々が小道を覆いかぶさるように生息し、緑が目に優しいんです。
そこはアウトドアーな人々の憩いの場。
ジョギングで先を急ぐ人や、おしゃべりをしながらウォーキングを楽しむ人が行きかいます。
もちろんローラーブレードをする人も。
私も近々グリーンベルトデビューしたいなー、と夫に言いましたら「まずは止まれる、そしてターンができるようになってから。
それができないうちは、グリーンベルトデビューなんてけしからん!」と一蹴り。
なによ。平日の朝あんまり込み合っていない時にしようって、思ってるのに。
『人に迷惑をかけない』これ、小さい頃から両親に厳しく言われていることなんだからねー。
さて、デビューはいつになることやら?
(2000年5月26日)
我が家にはジープがあります。
夫が高校を卒業してスグの頃からいじくりまわしている愛車です。
とは言っても、今どきの美しいジープを想像してはいけません。
25年前の古い古い型。
エアコンやラジオはありません。
それどころか窓もないんです。
あるのはフロントガラスだけ。
屋根には幌がかぶせてあるだけ。
とにかくおしゃれなシロモノではありません。
『ホンク!ホンク!』と軽快なクラクションで街中を行きかう車たちを尻目に、このジープは『アウーガ!アウーガ!』
全く、おしゃれじゃありません。
冬の間、ジープは『Storage』と呼ばれる貸し倉庫(うちの場合は屋根なしなので、貸し駐車場になるのかな)でじっと春を待っています。
その間保険も切れているから、ジープは全く出番がありません。
でもジープは知っているんです。
春になれば、彼の相棒が笑顔で「Hey, Buddy!」と言ってくれるのを。
「Hey, Buddy!」夫はジープに話しかけます。
そしてエンジンをかける。
『爆音』というのが正しいでしょうね。
凄まじい音と共に25年前のジープが息を吹き返しました。
こんな大きなエンジン音の車は今まで体験したことがありません。
トラックだって今どきもう少し上品だわ。
私、実は大の車好き。
なのにこのジープは運転できなくて、悔しい思いをしています。
だってシートが固定式なので、おチビな私には、足がクラッチに届かないんですもの。
助手席に座っても足が床に届かない。
子供のように足をブラブラさせている私のために、夫がスペアのタイヤを置いてくれました。
オフロードを行く時はしっかり足が床に(私の場合タイヤに)固定されていないと危険です。
なんといっても、窓がないんですから。
ドアの部分も下半分は幌なんです。
後部に座席はなく、途中で止まってしまった場合に備えて工具が積まれています。
後ろは吹き抜けです。幌さえありません。
昔、オフロードで道を踏み外し転がり落ちた際に、破れてしまったんですって。
夫(トロイ)はジープに乗ると豹変します。
『インディアナ・トロイ』になってしまうんです。
『Indiana・Jones(邦題ではインディー・ジョーンズでしたね)』って映画ご覧になった方も多いでしょう。
夫いわく、現代にインディアナ・ジョーンズ(インディー・ジョーンズ)が生きていたら、きっとこのジープに乗っていたに違いないから、ですって。
夫はホンキです(笑)。
なのでジープに乗ると私は『妻』ではなくなります。
『相棒』です。
私の仕事は二駆から四駆に切り替える時、タイヤの真ん中に付いたスクリューを切り替える。
でっかいスクリューは両手で「ハァーッ!」と気合いを入れないと回りません。
オフロードに飛び出しました。
今までどうしたものかと手持ちぶさただった両手をしっかり手すり(そう、手すりがあるんですね)に握らせると、ジープは砂ぼこりを上げながら、道なき道を進みます。
しかし、その揺れは激しいのなんの!
乗馬を経験したことがありますか?馬の揺れに首がガクガクするカンジ。
決して首のすわっていない赤ちゃんをこのジープに乗せてはいけません。
ジープが左に傾いたら自分は右へ、バランスが要。
登り坂よりも下りの方が怖いのですが、岩山にタイヤが吸い付いているかのように、ジープはゆっくり降りていきます。
インディアナ・トロイの運転技術とジープの性能を信じられれば、どれほど身体が斜めになろうとも楽しい!
気が付いたら断崖絶壁の上にいました。
いままで見上げることしかなかったこの絶壁。
見下ろした光景は絶景です。
川を挟んで向こうの絶壁にはロッククライミングをしている人が2人。
あっちの丘ではハンググライダーがヒラヒラ舞っています。
ボイジーは緑が豊かだわー。
夕暮れの太陽でボイジーの街が金色に光っていました。
一般道路に入ると急に手持ちぶさたになりました。
手すりにつかまっていると前傾姿勢になるので、なんだかおかしいし。
かと言って、お膝の上で手を組んでいるのもヘンだなー(笑)。
ジープと一緒の冒険の夏はこれからです。
(2000年5月31日)
5月27、28、29日は3連休でした。
こちらは休日が少ないので、大変有難く感じますね。
夫は「いつか日本に住んだらゴールデンウィークがあるんだなあ」と今から非常に楽しみにしているようです。
冬のボイジーは寒いので夫と共に何度か脱出作戦に出ていましたが、夏はサイコー!
日差しは強いけれど湿度はなく、吹く風は爽やかです。スポーツをしても汗をかいたそばから乾いていくカンジ。
お子ちゃまの『あせも』なんて、ここでもあるのかしら?
とにかく、アウトドアー派が喜ぶ季節になりました。
セーリングは連休の最初の日に決めていました。
私の住んでいるサウス・イーストの地域から車で15分くらいのところに『Lucky Peak(ラッキーピーク)』と呼ばれる貯水池があります。
かなり大きな、一見湖のような貯水池です。
そこにはちゃんとマリーナ(小型船舶用の港)があって、Powerboat(モーターボート)やSailboat(ヨット)なんかが停泊しています。
親友のスキップとアンが11時に我が家にやってきました。
先日Stanley(スタンレー)に行った時と同じように、アイスボックスを持って。
前日の打ち合わせで、彼等はドリンク類とスナック類の担当。
私は果物とサンドウィッチの担当。
ベーグルサンドを6コ、朝からせっせと作りましたよー。
私のベーグルサンドはなぜか非常に好評なんですね。
夫によると、アメリカ人にはとんでもないお味のサンドウィッチを作る人が多いとか。
サンドウィッチがマズイってどんなんでしょうねー?
私の秘密は『キューピー・マヨネーズ』(全然秘密でもなんでもないなー)。
こっちのマヨネーズって美味しくないんですもの。
マヨネーズは必ず日本のマヨネーズを買うことにしています。
話がとんでもない方向にズレました。
12時にピア(桟橋)でジムとケリー夫妻に会いました。
ジムはスキップの会社の仲間です。
ジムとケリーは真新しいセールボート(Hunter260という種類)を買ったばかり。
この日が初乗りです。
軽く握手を交して、初乗りに誘ってもらったことに感謝している旨を伝えます。
夫はその間もそわそわ、そわそわ。彼は早くボートが見たいのです。
夫にはなぜかSailer(船乗りっていうとカッコ良くないなー!)の血が流れています。
彼の母方の叔父達はみんなこぞってセールボートを所有し、海に想いを馳せるのです。
夫が4歳の時のお誕生日のこと。
彼はプレゼントにおもちゃのセールボートを買って貰いました。
とたんにお誕生会なんかそっちのけ。
せっかく来てくれたお友達が早く帰ってくれないものか、と真剣に思ったそうです。
そうしたらバスタブにこの綺麗なボートを浮かべて遊べるのに!(笑)
20歳の時からネイビー(海軍)に6年も所属し、潜水艦に乗っていました。
1年もボートを住まいとしていたこともあるんですって。
うーん。
こういうのも『ボートピープル』っていうのかしら…?
ジムの運転するトヨタのトラック(日本で販売されても、きっと売れないバカデカイもの)がボートを引いてやってきました。
その白も鮮やかな美しいボートです。その名は『Spud』。
Spud(じゃがいも)?
彼女(船は女性なんですね)はその白い船体を冷たい水に沈ませていきます。
本当に美しい船です。
うーん。
この船には青空が似合うはず。
なのに今日に限って薄曇り。
太陽は雲の向こうに隠れています。
ちぇーっ!
せっかく水着を着てきたっていうのに!!
デッキでの日焼けを楽しむ計画をしていたアンと私は口をとがらせていました。
船体の一番先の部分にケリーがチェリーコークをかけ、初乗りをお祝いです。
なーんかパッとしないのはチェリーコークのせいだと思うんだけどなー。
これがシャンパンならもっとサマになったと思うのになー。
ま、いっか。
風がないので、とりあえずモーターを回して湖をめぐります。
折り返したところでやっと風が出てきました。
ヤッホー!
帆を掲げるぞー!
モーターを切ると、とたんに静かになります。
真っ白い帆が風にはためき、そこには風の音だけ。
自然の力が私たちを冒険に連れて行ってくれる。
それがセーリングです。
「水が漏れている!」
ジムの声が船体の下の方から聞こえてきました。
え?
水が漏れてるってどーゆーこと?
このボート新しいって言ってなかったっけ?
はい。
真新しいのボートの底には小さなエンピツの先ほど穴が3つ。
ケリーは怒りでちょっと熱くなってます。
アメリカってどうしてこうなんでしょうねー。
日本では考えられないようなシロモノをヘーキで売りつけたりします。
ピアが見えてきた辺りで、1隻のジェットスキーが近づいてきました。
「ヘイ! 調子はどうだい? セーリングにはもってこいの日和になったな。」
よーく見れば、彼のライフジャケットの左胸には『Sheriff(郡保安官)』のバッジが。
そしてウォータープルーフのピストル。
そうなんです。
彼等はこうして自然の中で遊ぶ人々の安全を常に見守ってくれているんです。
「じゃまをしたりするモーターボートやジェットスキーの輩なんかは今日はいなかったかい?」
「さっきジェットスキーが横一列に並んで向こうからやって来た時にはちょっと驚いたけど、かすらずに過ぎ去って行ったよ」
「それは良かったな」
「それよりもボートに穴が開いてるんだ」
「...?」
「水が漏れてるんだよ」
「そりゃあ、決して良い兆しとは言えないな」
「新品だぜ」
「よくあることだな。まぁ、気を付けてやってくれ」
ブイン、ブイーン。
エンジン音が遠ざかります。
これが仕事なんて、なんだかおいしいなー。
Spudが無事引き上げられ、再びトラックの後ろに繋がれたところで、風が激しくなりました。
夕立ちがやってきたんです。木々はしなり、雨粒が頬に当たります。
「良かったねー。ラッキーだった。」
みんなの安堵の表情とは裏腹に、夫の表情は険しくなります。
「絶好のセーリング日和だ。」
湖面にはさざ波が立っていました。
(写真: ラッキーピークレーク)
(2000年6月7日)
実は私たち夫婦には2つ結婚記念日があります。
その1つ、『第1』結婚記念日のお祝いをつい先日いたしました。
ここに来て1年が経ちました。
早いですねー。
話せば長い話なので、サワリだけチョッピリ触れることにしましょうか。
私たちが出逢ったのは2年半ほど前。
97年の秋に、テキサス州のダラスという街で行われた友人の結婚式に呼ばれた時です。
日本でもよくあるパターンですよね。
『友人の結婚式で出会った』
しかし私はその当時日本にいましたし、夫はここボイジーに住んでいたんですから、話がそんな簡単に終わるはずがありません。
ま、その時のいきさつは、またいつかということで...。
出逢って4ヵ月後、私はスッパリ会社を辞め、アメリカに渡ることに決めました。
彼をもっと良く知るチャンスです。
そう難しい決断ではありませんでした。
その当時テレビの業界で働いていたのですが、5年もいたところで正直アキアキしていましたし(関係者さん、ゴメンナサイ)。
どうせ旅行をするのならと、アメリカ大陸に散らばる友人に連絡を取り、ハデに遊んでしまう計画を立てました。
ボイジーからテキサス、テキサスからメキシコシティー(メキシコ)、メキシコシティーからニューヨーク、ニューヨークからトロント(カナダ)、そしてボイジーに戻るという大陸縦断3ヵ月ひとり旅コースです。
その後、日本に1度戻りましたが飽き足らず、またアメリカ大陸へ。
2度目の滞在もあと少し、という頃に彼からのプロポーズ。
返事を保留にしたまま、私は日本にひとまず帰国。
やはり両親に彼を1度も引き合わせることなく結婚を決めてしまうのは気が引けたんですね。
これでも私、親思いのひとりっ子ですから(ワハハハ!)。
そのひと月後、彼が日本初来訪を果たします。
夫の『日本訪問珍道中』も今回はお預けにしましょうか。
両親の承諾を得て、晴れて婚約者の元へイソイソ出掛けていくはずだったある晩秋の日のこと。
私はThanksgiving Day(感謝祭)とクリスマスを彼と彼の家族と一緒に過ごし、お正月には日本に帰国するというおいしい旅行を計画していました。
たくさんのクリスマスプレゼントを日本民芸品店で買い込んで...。
オレゴン州ポートランド国際空港に着いたのは確かまだ朝も早い時間帯だったと思います。
パスポートコントロールで2次精査にあうのはいつものこと。
たった1週間の観光でもサッサと通してもらったことってほとんどありませんね。
よっぽど人相が悪いんでしょうか、私。
私の体重の軽く2倍はありそうな女性のオフィサーが聞きます。
私のスーツケースの中身をひっくり返し、お財布のポッケに入っているカードというカードを出させたあげくに、です。
「テキサスには誰がいるの?」
ボイジーに遊びに行く前に、テキサスへ遊びに行く予定にしていたんですね。
「友人です」
オフィサーは私の国内線のチケットを見ながら、さらに質問を続けます。
「ボイジーには誰がいるの?」
「婚約者です」
「・・・・」
このいやーな沈黙はなんなの?
オフィサーの姿がこの小部屋から消えました。
ガラス越しに彼女が私のパスポートに何かを記入しているのが見えます。
小部屋に戻ってきた彼女が言います。
「今回あなたを入国させることはできないわ」
「む?なぜ?」
「婚約者ビザを取ってから、出直してきなさい」
この空港は全米でもいちばんクレームの多いと言われているところ。
入国拒否の人数が他の空港のそれとは比較にならず、最近では調査の手が入ったくらいです。
婚約者ビザの存在は知っていました。
でもこのビザ、入国したら90日以内に結婚しなければならない、というクセモノなんです。
婚約したばっかりの私たち、まだ結婚式の日取りすら決めていませんでしたから、今回このビザを取ってくるワケにはいかなかったのです。
それにこの入国で結婚して居着いてしまおうなんて、考えてもいませんでしたし。
『Refused(拒否)』
パスポートにスタンプを押されてしまったら、何を言ってもムダですね。
結局10時間掛けてアメリカに渡り、4時間空港で待たされて、また10時間掛けて帰国しました。
おかげで人生の中で最も時間とお金を浪費した24時間になりました。
同じように入国拒否にあった数人の日本人やネパール人などが同じ便に乗りましたが、彼等はションボリ。
私ですか?
そりゃもう、悔しいわ、腹が立つわで涙も出ませんでしたねー。
「もっと酒持って来ーい!」
スチュワーデスさんに八つ当たり(笑)。
婚約者ビザの取得には資料を揃えたりする時間も含めて、7ヵ月掛かりました。
長い、長い7ヵ月でしたねー。
そして引っ越し。アメリカの土を再び踏んだのは昨年(1999年)5月の中旬でした。
結婚式は8月の下旬。
うーん。
『入国から90日以内に結婚すべし』に1週間ほどオーバーしてしまいますねー。
しかたない、先に結婚証明書を取ってしまおう!
アメリカでは戸籍というものがないので、入籍という形は取りませんが、Marriage License(結婚証明書)というものを取得するとそれが正式な婚姻です。
これは日本の婚姻届のようにサインをしてハンコを押せばいい、というような簡単なものではありません。
必ず、『この2人を結婚させてくれる人』が必要なんです。
多くの場合、神父さんが多いですね。結婚式と同時にサインをしてもらう方法です。
その他に権限がある人は、市長さん、裁判官などがいます。
善は急げ。
私たちがお願いしたのは、すでに職務をリタイアされ、今はカーペットを売っている元女性裁判官でした。
「私達を結婚させて欲しいんです(なんか日本語にはない表現ですよねー)。
それもできるだけ早く。」
電話をすると「それじゃあ、今日の夕方私の家にいらっしゃい」と言われました。
夫の育った家のご近所でした。
それでもさすがに元裁判官。
私たちがグリーンカード目当ての偽装結婚でないかのチェックが入ります。
リビングルームの濃い茶色のカーペットの上で、ふたりは手を取り合い、見つめ合い、誓いの詞を元裁判官の後に続いて繰り返します。
彼女のご主人が遠慮がちに見守ってくれています。
なんかピンと来ないなー。
でもこれが書類上正式な結婚記念日となったわけなんです。
6月1日。
少し早めに帰宅した夫が車の助手席のドアを開けてくれました。
ロングドレスに身を包み、ちょっと濃いかなと思うくらいのお化粧をしたらハデな顔になってしまったなー。
でも、いっか。
どーせ、『清楚』という言葉はもともと似合わないんだし(笑)。
お天気が良かったので、パティオにテーブルを用意してもらうことにしました。
リバーサイドにあるこのレストランは緑に包まれています。
テーブルには1ダースのバラの花が置かれ、カードが添えてありました。
夫の気の利いた演出です。
第1結婚記念日の夜は静かに更けていきました。
(2000年7月2日)
2人の友人の招待を受け、6月最初の週末は湖畔のキャビンを泊まり歩いていました。
相変わらず、夫婦揃ってズーズーしい私たちです。
金曜日の夕方に夫を会社でピックアップ。
そのまま最初の宿泊地McCall(マコール)へ向かいます。
ハイウェイ55を北に2時間半。
とにかくまっすぐ湖に突き当たるまで走ります。
夏時間になってから夕方はまだまだ陽が高いので、サングラスは手放せません。
乾いた小高い丘を登り、下り切ったら、あとは少しのあいだ平坦な道が伸びています。
でも山道に入るのはスグですよ。
片道1車線、細く曲がりくねった道が川の流れに沿って走っています。
今年は川の水位が高いなー。
標高が高くなるにつれて、乾いた山はツンドラ地帯に生息する針葉樹林がどこまでも広がる山にその光景を変えていくんです。
1時間、いえ、1時間半くらい走ったころかな。
急に緑が豊かな草原がワアーッと広がります。
湖が向こうの方まで続いていて、山々がそれを追うように続いていて、そして目に入ってくる緑。
草原とはいっても実際は牧場で、牛が群れをなしてムームー言ってる(アメリカの牛だからやっぱりこう鳴いているのだろう)。
草を食むもの、何頭か縦に連なって行進するもの、地面にヒザを折曲げてペッタリ座り込んだまま動かないもの。
ちょうど季節が良かったのですね。
黄色い花が咲き乱れ、緑と争うようにその黄色がこの風景に彩りを添えていました。
湖の太陽に反射する光がより眩しく感じるのは、空気が透き通っているからでしょう。
その透き通った空気を吸いたくなって少し窓を開けてみました。
世の中、こんな美しい光景を楽しむ人ばかりがいるワケではありませんね。
こんな田舎でも、先を急ぎたい人って必ずいます。
ボイジーの人達はアウトドアー好き。
週末はキャンプやキャビンに向かう人が大勢います。
今までのこの道すがら、実は車の量は驚くほど多かったんです。
車間距離は街のフリーウエイを走るくらいしか開いていませんでした。
片道1車線の山道では遅い車が後方車をいらだたせることが度々ありますし、途中小さい町を通過するときは、速度を町中速度に落とさなければいけません。
ですので、平地が広がった途端に、追い越しを決め込む車が必ず出没するワケです。
私たちの前にはかなりの車が連なっていました。
最前列の車は私たちから見えません。
片道1車線、追い越しはところどころオッケー。
すると1台の真っ赤な4駆が私たちの横をガーッと通り過ぎ、そのまま4、5台前まで行ったところで対向車が来て強引に割り込み。
そしてまたガーッと反対車線を走り、その姿は見えなくなりました。
『危ないなー、あの車。』
『危険だよね。あーゆー車こそ、捕まっちゃえばいいのにねー。』
夫とさんざん悪口を言っていたら、赤と青のライトの点滅が目に入ってきた。
おまわりさんはちゃんと見ていたのですねー。
追い越され、強引な割り込みをされたこの辺り一連の車はみーんな笑っていたはず。
おまわりさん、ヤルじゃん!
(夫の話によると、この辺りのおまわりさんの臨時収入源はスピード違反の切符を切るくらいしかないのだそうです。なるほど。)
マコールの町に入って、湖を突き当たったら、もう友人のキャビンはスグそこです。
大きな笑顔で迎えてくれたのは、Brad(ブラッド)とTami(タミー)。
ブラッドは何度もBest Photographer in Idaho(ベスト・フォトグラファー・イン・アイダホ)の賞を取っている写真家です。
キャビンの中を案内してもらったら、早速夕飯の支度に取りかかりましょう。
サーモンをバターとおしょうゆと挽きたてのブラックペッパーで味付けしてグリルしたものと、ベイクドポテト、それからズッキーニ。
我が夫の得意メニューです。
話に花が咲いて、夜はゆっくり更けていきます。
ベッドに入る支度をしながら、ブラッドが鉄製のストーブに薪をくべてくれました。
6月といっても夜は冷えます。
電灯もない森に潜む暗黒の闇の中、真っ赤な炎が生き物のようでした。
次の日は気温が華氏90度(摂氏32度)まで上がりました。
湖へ行こうよ!
水着に着替えて、日焼け止めクリームをもって、ピア(桟橋)に横たわります。
この風景は絵葉書のようだな、ボンヤリそんな事を思いながら、湖の深い青とその向こうの山頂に光る雪の白さに感動していました。
さてブラットとタミーにさよならを告げて、次の目的地に急ぎます。
おなじみ親友のスキップとアンが待っていてくれているんです。
スキップのご両親のキャビンはCascade(キャスケイド)という、ボイジーからマコールに来た道をそのまま30分ほど戻ったところにある小さな町にあります。
このキャビンは本当に湖のほとりに建てられていて、キャビンから30歩くらいで専用のピアにたどり着くんです。
リスがキッキとけたたましい声をあげるほかは、何の音もしない静かなところです。
私たちはここが大好き。
何もしないでいる贅沢をしっかり身に付けてしまいました。
夜は外でキャンプファイアーを焚いて、ホットドッグとS'more(スモアー)を作ろう!
このスモアー。
Some more(もっと)を省略した名前らしいのですが、日本ではあまりなじみがありませんよね。
長い枝の先をナイフで削って、そこにマシュマロを刺し、くるくる枝を回しながら火であぶって、きつね色になるまでこんがり焼きます。
火加減に細心の注意を払っていないと、すぐにマシュマロに火が移ってしまうんです。
当然マシュマロは黒焦げ。
これではいただけません。
こがね色になった頃にはマシュマロはとろけるように柔らかくなっているので、それをすばやくハニー・グラハム・クラッカーに乗せ、ハーシーズの板チョコをその上に乗っけて、またハニー・グラハム・クラッカーで挟みます。
これをほおばると背筋が寒くなるほど、甘い!
この甘さは、日本人にはビックリですよー。
これ1つ制覇すると、全身に鳥肌ができます。
それなのにこのアメリカ人たちは食べる。食べる。
いくつ食べたら気が済むんじゃ!
次の日はゆっくりと起きて、お昼過ぎに家路に向かう予定でした。
もう陽は高く上がっているのに、まだヒンヤリとした空気の中を歩くのは素敵です。
熱い紅茶を入れて、4人が思い思いの事をしています。
ピーナッツバターを塗ったトーストをほおばるスキップ。
シリアルを食べながら、ボーッとしているアン。
夫は紅茶を大事そうにヒザに抱えて、本を読んでいます。
私はファーマーズ・マーケットで買ってきたピーチを皮ごとかぶりつきながら、Chipmunk(チップモンク(シマリス))が餌箱まで降りてきて夢中になって木の実を食べているのを見ていました。
するとスキップが突然叫びます。
『Bald Eagle(ボールド・イーグル(白頭鷲))だ!』
全員が窓際に駆け出して来ました。
キャビンのすぐそばの湖の上を、羽を広げると私ほどの身長もあるボールド・イーグルが旋回しています。
ああ、なんて優雅なんでしょう。
全員がしばし時の経過を忘れ、見入っていました。
次はいつここに来られるのかなー。
そんなことを思いながら、さて下山です。
短い山の夏は、今が一番素敵な季節です。
(2000年8月4日)
夫のセーリング・ボートの帆がやっとでき上がったので、7月最後の週末は早朝のラッキーピーク(我が家の近くにある貯水池)から始まりました。
待ちに待ったセーリングの季節がやってきたんです。
去年はウエディングの計画&実行でボートを水に浮かべることが1度もできなかったので、今年は夏も近くになった頃から、夫はいそいそと新しい帆を注文していました。
帆の注文とはいっても、スグに届いてきた帆をマストに上げることができるわけではないんです。
最初は三角の帆の形をした布切れが届くので、それを今度は必要な道具を通すポケットや穴、穴の開いた板などをそれにくっつける作業をしてもらわなければなりません。
その作業が、水遊びができるのもあとひと月というところで、やっと終わりました。
1にセーリング。
2にセーリング。
3、4を考えるヒマがあったら、セーリング!
夫の夏の情熱の全てです。
これから訪れる週末は全て早起きを余儀なくされるんだわー。
砂漠気候のボイジーは夏の間、気温の差が激しく変化します。
昼間40度もしくはそれ以上にもなる温度が、夜はガッと下がるんですね。
夜冷えた空気が夜明けと共にだんだん暖まり、暖まった空気が上に上がって風が起こるんです。
その現象が起きるのが、朝7時から11時頃まで。
そうです。
これが私たちのセーリングタイム。
夫の所有するボートはホビーキャットという種類ですが、モーターがありません。
日本でいうヨット(こちらではこれもセールボート)のように、リラックスしてみんなでおしゃべりを楽しむお遊びボートじゃあないんです。
船室、デッキなどがない、そのスピード感を楽しむためだけの体育会系筋肉活用ボートです。
そう言えば今日もお友達のあつこさんに『その腕スゴイですね』と誉められ(?)ました。
力をいれなくてもモリッとしてしまう二の腕。
日本でノースリーブを着て電車の吊革には掴まれないわー!
金曜の夕方マストを立てて、土曜日・日曜日とラッキーピークで風を受ける。
これが夏の週末の通常の過ごし方です。
でも土曜日の初セーリングでヘトヘトになってしまった私。
だってその前の1週間は日本から友人が来ていて、これまたハードに動き回っていたんですもの。
走行距離1000キロほど走ったかなー。
この話はまたにしますが、とにかく私がどれほど疲れていたかご想像できるかと思います。
明日の朝はツライだろーなー。
今日の朝もツラかったものなー。
と思っていたら、「明日は友達を誘ってもいいかな?」と夫がすまなそうに言います。
実は彼のネイビー時代の友人リッチが、会社の研修のためポートランドからここボイジーに来ていたんです。
2週間という長い期間のため、奥さんティナもお休みを取って一緒に来ちゃいました。
夫はその彼等をセーリングに連れて行きたいというんです。
「もちろんいいわよ。私はいつでも行けるんだし。楽しんできて!」
ああ、なんて夫想いの妻なのかしらん!
寝坊をしよう!
そう決めていたのに、次の日の日曜日はやっぱりそんなに遅くまでは眠れませんでした。
今日は珍しく朝から雲がかかってるなー。
ヒンヤリした空気を吸おうと庭にでたら、この遊び三昧の間に伸びきった雑草がイヤでも目に入ってしまいました。
うーん。
草むしりでもするか…。
今日は涼しくていいわー。
そんなことを考えながら、前庭の雑草を抜いていたら、家の前の道路を馬が歩いてきた。
なので近寄って声をかけてみたら(もちろん馬に声をかけたのではなく、乗っていた人に声をかけたんですよ)、
「イヤー、多くの人はさ。
犬を散歩させるでしょ。
でもオレは馬を散歩させるんだよ」
とその彼はサラリと言ってのけたのです。
「ふーん、それもいいわね。」
馬の鼻をなでるとスリ寄ってくる。
人なつっこい馬だわー。
さんざん話しかけて(今度は馬にです)、その度に馬が首を振ったり足を上げたりするから、なんだかこの馬が私の言っていることを理解しているような気になってつい嬉しくなってしまいました。
でも馬が分かっているワケないじゃん。
「さよなら。散歩楽しんできてね。」
セッセと草をむしり、その雑草が段ボールにいっぱいになった頃、ヒヅメの音が聞こえてきました。
散歩から帰ってきたんだ。馬に騎乗している彼が自己紹介を始めます。
私も自己紹介を返しました。
「私、実は日本でウエスタン乗馬のクラブに所属していたの。
でも結婚してここに移ってきちゃったから、それは諦めなきゃならなくて。
鞍は置いてきちゃったけど、Spur(拍車:西部劇でカウボーイがブーツの後ろに付けているギザギザの歯)は持ってきたのよ。」
「馬は2頭いるんだよ。1頭は今、訓練中だけどね。」
「どこに飼ってるの?」
「マイクロンのすぐ後ろに馬をキープする牧場があるんだ。
今度連れてってやるよ。」
「素敵!ありがとう。私、馬の世話って結構得意なのよ」
フッフッフ…。
やったわ。
しばらくして夫が帰ってきました。
ジープに引かれたボートを家の前に置いて、たった今あった出来事を話します。
「その彼の電話番号は聞いたの?」
…うーん。なかなか良い質問だ。
伸びきった芝生は、ここアメリカではご近所に白い目で見られる要因です。
雑草なんてとんでもない!
庭はその家を見るわけなんですね。
なのでどこの家も美しく庭のお手入れをします。
夫がシャワーを浴びる前に芝刈りをするといい、家の中に入っていきました。
出てきたときには、彼、すっかり芝刈り用正装に着替えていました。
ヘッドホンにミニディスク(その日のテーマ曲はチェックしませんでしたが、大抵決めているようです。とにかく芝刈り機ってすごい音なんですよ)、サングラス、Tシャツに短パン、ソックスをちゃんと履いてスニーカー。
怪我の原因にもなるので、サンダルじゃーダメですよ。
そしてキャメル・バッグ。
これ何か皆さんは知っているでしょうか?
主にサイクリング(マウンテンバイクではなく、ロードバイクの方ですね。タイヤの細い競輪のような自転車です)をやる人用なのですが、リュックサックよりも細い筒状のバッグにお水のケースが入っていて、そこからチューブがでています。
それを背負って自転車を走らせ、喉を潤すというものなんです。
キャメル(Camel)とはラクダのこと。
そんなものが我が家にはあるのですが、夫はそれを背負い、後ろから出ているチューブを喉が乾く度にくわえるワケなんです。
でも今日は曇ってるから、そんなに喉は乾かないんじゃないのォー?
芝刈り機の音が止むと我が家は静まりかえりました。
すっかり疲れた夫はウトウトしはじめ、私もカウチに横になってケーブルテレビから流れる映画をボンヤリ見ています。
夜はリッチとティナが来てBBQだよ。
今のうちに休んでおかなくっちゃ。
我が家の夏は体力勝負です。
(2000年8月8日)
か、からだが痛い…。
今日はなにをするにも辛いわー。
家の中のシソ達に水をあげるのさえ辛い。
身体中の筋肉がヒーッて言っているようです。
我が家には年寄り夫婦がいるみたい。
なにをするにも『うー』とか『おー』とか言わないではいられないんですもの(笑)。
8月最初の土曜日はInvestment club(インベストメント・クラブ:株式投資勉強会)のみんなとLucky Peak(ラッキー・ピーク)と呼ばれる貯水池で遊ぶことになっていました。
メンバーのひとりがモーターボートを所有しているので、それで遊ぼうというのです。
もちろんバーベキューは必須のアイテム。
これは欠かすわけにいきません。
夫はいつものとおり、早朝からセーリングへ。
その日はこの週末からバケーションを取っていたスキップがセールボートのクルーです。
私の出現までは彼がクルーとして夫とセーリングを楽しんでいたそうなんですが、今ではすっかり私を連れて行きたがる夫。
今日は彼に譲ってあげることにしました。いいことをしたから今日はちょっと寝坊をしよう!
10時半の約束でボートを発着させるドックに集合のはずでしたが、まだみんなの姿は見えません。
スキップと夫に持ってきたポップを差し出して、夫のボートを次の日まで置いておける状態にするのを手伝うことにしました。
そうしているうちに、ポツポツと知っている顔が。
みんなキャンピング・チェアーやらアイスボックスやらを持参しています。
マイケルのアイスボックスはなんとタイヤと取っ手に長い柄が付いていて、まるで空港を行くキャリーバッグのようです。
アレ、いいなー。
ここでスキップとはバイバイしました。
モーターボートがドックにつけられました。
荷物を詰め込んで、今日の私たちのプライベート・ビーチに向かいます。
貯水池の周りには何箇所もピクニックエリアがあって、ボートがつけられるようにドックが設置してあります。
すぐ後ろは丘が続いていて陸地からは行けないので、そこは占領した者勝ち。
その日のプライベート・ビーチとなるわけです。
屋根付きのピクニック・エリアのテーブルにブランケットをテーブルクロス代わりに敷いて、持ってきたバーベキューコンロで昼食の支度に掛かります。
「水上スキーやるひとー!」
Karry(キャリー)がこちらに向かって叫びます。
その誘惑にはどうしたって勝てないでしょ。
昼食を尻目にボートはシブキを上げなからスピードを増してビーチを離れていきます。
まずは夫が十何年振りに挑戦。1度目から身体が水面に浮きました。
「Great!」
みんなのヒヤかしを受けながら、おぼつかなげにも彼は水面を滑ります。
「じゃ、次は?」の声にボート中の視線が私に集中しました。
水上スキーは初めての私に、キャリーが1からわかりやすく教えてくれます。
分かったような、分からないような。
でもやってみないことには、始まらないものね。
と、いうワケで水に入ります。
もちろんライフジャケットを付けてね。
スキーって当然水に浮くような素材で出来ているんですよね。
だから両足が浮く、ライフジャケットで上半身が浮く。
スキーを付けたいのに、思うように身体が動いてくれません。
傍から見てたら可笑しかっただろーなー。
だって、上を向こうとすると、足が下になって、ぐりん。
それを起そうとして、反対側にぐりん。
これじゃあ、水上スキーどころではないぞ!
用意ができたらHit it(ヒット・イット)と叫びます。
これがボートを運転してくれている人への合図。
言われたことを頭に入れて、「ヒット・イット!」
と、同時にボートのパワーを両手両腕に感じます。
あ、足がー!
両足に履いたスキーがどんどん広がっていくのが分かります。
いやーん!
それほどお水を飲まずに済みましたが、ガボガボッと水の中にたたきつけられました。
オレンジ色の旗があがっています。
これは水の中に人がいるので、避けて通るようにという他の船に対する合図なんです。
またもや水の中でもがきながら、はずれてしまったスキーを履き、さて2度目の挑戦です。
ヒット・イット!
と叫んだと思ったら、顔から水の中に突っ込んだ。
プフーッ!
どうなっちゃったの?
3度目。身体が水上に少し浮かんだのがわかります。
でもうまく立てない!
ゴボゴボ。
4度目。今度こそ行くわよー。
意気込みだけは誰にも負けないんですけど、そう簡単にはいきませんね。
水圧が足の裏にぐぐっと掛かり、おしりが水上に浮いたような気がする。
でもボートの水しぶきが激しくて前が見えない!
ガボガボ!
沈んでしまいました。
ここでリタイア。
ビーチではすっかりバーベキューの煙が充満していました。
ハンバーガーとホットドック。
たくさんのフルーツに、お決まりのチップス。
ハンバーガーにトマトをのっけたり、マスタードを付けたりする手がプルプル震えています。
二の腕が痛い。
たった4度の水上スキーへの挑戦はこんなに過酷なんです。
「チューブやるひとー!」
それでもそんなひと声に知らんぷりはできないんですよね。
このチューブ。
太い浮き輪の片側をの穴をふさいだようなもので、左右前方に2つずつ取っ手がついています。
ひとりで乗ってちょうどいいくらいの大きさですが、これに夫と2人乗りしようという魂胆です。
まず私が乗って…
ちがうちがう反対よー。
そう言われてやり直し。
夫がお腹を下に乗った上に、私がかぶさるように乗っかります。
ボートが走り出した途端に、私たちは笑いだしました。
だって、水面がスグそこにあるから、そのスピード感のすごいこと。
ほんの小さな波を越えるのも身体がほおり出されそうなカンジです。
これは楽しい!
そんな私たちにボートは調子に乗ってますますスピードを上げます。
ワーオ!
とうとうはじき飛ばされてしまいました。
オレンジ色の旗が上げられ、キャリーと彼女のママのCarol(キャロル)がボートをこちらに向かわせています。
「大丈夫?」と聞かれてもまだ笑いが止まらない。
ついでに夫が「ボクの海パンがない!」っていうものだから、もう収拾がつきません。
キャロルは私たちが笑いっぱなし、口を開けっぱなし状態だったので、そのうち口から水が入り込み、溺れてしまうんじゃないかと心配していたんですって!
夫の海パンはヒザのところでどうやら食い下がったようです。
それでも懲りずに、今度は座って挑戦することにしました。
まず夫が座って、彼の前に私が座ります。
でも浮かんだチューブに乗るのは難しい!
乗ろうとしてはチューブがひっくり返り、その度に夫の姿がチューブの穴部分に消えます。
もうここまでくると、なにが起きてもおかしい!
ゲラゲラ笑いながら、今度は私が乗っかりました。
よし。
「ヒット・イット!」
しぶきを上げてボートがチューブを引っぱります。
波をお尻で受ける度にチューブから転げ落ちそうになるのを必死で押さえます。
前傾姿勢になると足が水面に当たってしぶきが私の顔に思いっきりかかりました。
夫はそれを見てしめしめと思った様子。
しぶきが私にかかるようにワザと足をぶらつかせています。
コラーッ!
子供みたいなことするなー!!
ボートは大きく弧を描くとチューブはそのスピードを上げながら大きく傾きます。
大きな波にぶつかって、なにがなんだかわからないうちに私は水の中に投げ出されていました。
夫の話によると、ふいにチューブが急に軽くなったとのこと。
キャリーとキャロルの目撃証言では、私は大きく跳ね飛ばされたかと思ったら空中で1回転をして水の中に消えたとか…。
これがオリンピックの競技種目なら、かなり高得点をマークしていたに違いないわー。
ゲッソリ疲れて帰宅したら、とたんに眠ってしまいました。
5時から10時まで5時間のパワーナップ(nap:昼寝)です。
起きたら全身筋肉痛がさらにヒドくなっています。
特にお腹の筋肉が痛くて、笑えない…。
笑いすぎで筋肉痛なんて珍しいわよ、このトシで。
我が家の夏は体力もいる上に、筋力もいる。
特に腹筋がいるのです。
(写真: ラッキーピークレークを走るモーターボート)
(2000年9月14日)
もうずいぶん前の事になってしまいましたが、ワイン・フェスティバルに行った時のことを今日はお話しようと思います。
8月の第2週目の週末のことです。
夫のママ(ロレッタ)が我が家に遊びに来てくれたのは今年の早春のことでした。
そのとき一緒に旅のお供をしてくれたのがママの古くからの友人Ramona(ラモナ:ニックネームはモナ)。
彼女の住むワシントン州のはじっこにあるちいさな町Prosser(プロッサー)で、毎年ワイン・フェスティバルが開かれているから来ないかと誘いを受け、何か月も前からチケットを買ってもらっていました。
ワイン・フェスティバルが始まるのは土曜日夕方3時を過ぎてから。
それも1日限りです。
土曜日の朝こちらを出れば、ワイン・フェスティバルには十分間に合います。
片道5時間往復およそ1200キロのドライブ。
これくらいヘッチャラです。
2人で運転するんですもの。
スーパーに寄って、飲み物を調達したら、さあ出発!
平坦な道が1時間ほど続きます。
ボイジーよりも小さな町をいくつか通りすぎると、乾いた丘が続きます。
あれ?
この辺なんだかコゲてる。
そうです。
今年の森林火災の影響はここまで来ていたんですね。
この辺りが燃えた時は、その煙でその後何日も前後左右真っ白だったそうです。
みんなどうやって走ったんだろ?
森林火災は毎年必ずどこかの山で起きていますが、今年は『毎年』の比ではありません。
特にモンタナ、アイダホの夏の乾燥がひどく、雷が落ちた途端に燃え広がってしまいます。
なんでもコネチカット州の面積分を焼いてしまったとか。
州1州分ですよ。
夫がお友達のスキップとハイキングに行こうと計画していたその山も、前日に避難命令が出ました。
ここボイジーから車で2時間かからないようなところです。
まぁ、ハイキングに行って避難させらせるよりは良かったのですが、2人ともガッカリでした。
それでも懲りずに9月の半ばに行くと計画をしているらしいのですが…。
さて、オレゴン州に入るのはスグですよ。
オレゴン州はスピード違反の違反金がお高いので有名です。
だからオレゴン州に入ったら、注意しましょうね。
そう、それと、工事範囲内とスクールゾーンでの違反もいけません。
普通の違反金の2倍取られますから。
オレゴン州とアイダホ州は時差が1時間あります。
オレゴン州はPacific Time Zone(パシフィック・タイム・ゾーン:太平洋時間区域)、アイダホ州はMountain Time Zone(マウンテン・タイム・ゾーン:そのままですね)です。
ここがボーダーっていうところで、1時間も違うんですよ。
この境界線に住んでいて、境界線で働いている人はどーゆー生活なんだろー。
うーん。
考えずにはいられません。
オレゴン州に住み、アイダホ州で働いていたら、5時に仕事を終えて帰宅してもまだ4時ですよ。
存分に遊べます。
いいじゃないのー!
山の中を這うように進み始めたところで、おトイレ休憩にしましょ。
ピクニック・エリアは思ったより混んでいました。
『先に行ってきていいよ』
優しい夫は私に言います。
『いいのよ。先に行ってきたら?』
ああ、なんて優しい妻。
『いいよ。キミが行ったら、ボクが行くよ』
『・・・・。』
『ナニ?』
『こーゆートコのおトイレ怖いから、いい。ガマンする。』
大丈夫だから、と説得され、もしも怖かったら帰ってきたらいい、と念を押されて仕方なくトボトボ歩き始めました。
ハイ。
大丈夫でした。
アメリカのピクニック・エリアのお手洗いはマルです。
ちゃんとおトイレシートまでありました。
これは旅をする上で、重要なことです。
あと1時間ぐらいで着きそうだ、というところで、I-84(Interstate-84:インターステイト・ハイウェイ(州間高速道路)の路線84)とはお別れです。
カーブを描きながら、I-82に入りました。
するとフリーウェイのすぐ脇の広大な土地に広がる無数の小山に気が付きます。
そうですねー。
1つの小山は5×7×3(高さ)メートルぐらいでしょうか。
三角形をしています。
それが何百とあるんです。
『これ、なに?』
『Nerve Gas(神経ガス)だよ』
『え?』
ここはUmatilla Army Depot(ユーマテラ アーミー ディーポ)。
1960-1970年代の当時のソビエト連邦との冷たい戦争の頃、アメリカ陸軍は大量の神経ガスを作ったのだそうです。
しかしその冷戦が終わって、結局使用しなかったガスの処理に困り、とりあえずこの土地に埋めた。
それが未だに手をつけられることなく、この土地に眠っているのです。
しかも一説によると、ガスを入れてある容器そのものが古くなって、ガスが漏れ出している可能性もあるので、手を付けることができないでいる、とか。
これは定かではありませんが。
フリーウェイをはさんだ向こう側では、美しく育てられた畑の上を巨大スプリンクラーが動いている風景を見ることができます。
プロッサーが近くなるにつれて、ブドウ畑が多くなります。
もうスグそこまで来ました。
モナの家には大勢の人が集い、すでに賑やかでした。
夫のママ、ロレッタが両腕を差し出して走ってきます。
久しぶりの再会です。
モナが家の中とお庭を案内してくれます。
私たちが使わせてもらうお部屋はグリーンルーム。
ベッドにはアメニティーセットやら、キャンドルやらが小さなバスケットに入って置いてありました。
大歓迎の印ですね。
紹介された人々の名前は、どうしたって全部覚えられそうにありません。
私たち夫婦の結婚式に来てくれた方もいるようで、『はじめまして』の代わりに『久しぶりねー』と挨拶してくれる人もいます。
うーん。
覚えてないゾ。
ワインを飲む前から、妙にケタタマシイ!
モナの家は大騒ぎです。
3時。
会場は高校のフットボール・スタジアム。
もうたくさんの人が集まっていました。
チケットを渡すと目盛りが2本入ったワイングラスがもらえます。
この目盛りに合わせてワインを注いでくれるわけなんですね。
ワインはチケット制。
高価なワインほどチケットの必要枚数が多くなります。
もちろんお食事のブースもありますよ。
さあ、気になるワイナリーと気になるワインを求めて、イザ出陣!
私たちはまず白ワインからいってみることに。
うん。
まぁ、まぁかな。
でもやっぱり赤がいいや!
一緒に行動していたロレッタとモナの長女マリリンはデザートワインに近い、フルーティーでスィートなワインを探しています。
ちょっと味見を。
うっわー!
これ甘いねー。
これはどう?
まっずーい。
渋いじゃん。
どうも嗜好が違うようですね。
2時間ほどブラブラして、ほろ酔いになったところで、一旦モナのうちでディナーを取ることにしました。
モナの旦那さんDexter(デクスター:彼のラストネーム。アメリカ人なのになぜかみんなこう呼ぶ。)がアラスカでHalibut(オヒョウ:北洋産の大カレイ)を釣ってきたので、それを豪快に料理してくれることになっていました。
うーん。
楽しみ。
ナンセ、新鮮なお魚って、ボイジーではなかなか手に入りませんから。
お腹がいっぱいになったところで、さあ第2弾と行きましょうか。
会場には酔っ払いがいっぱい。
みんな幸せなカオしてます。
私たちは気に入ったワインを第1弾で見つけたので、真っ先にそこへ。
Thurston Wolfe(サーストン ウフル ワイナリー)のSyrah(シーラ)です。
これは今日の1番のヒット。
シャンパン(フランス製でないシャンパンはシャンパンといいませんよね。Brut:ブルートといいます。なぜだかは分かりません)があったので、試してみましたが、これは大失敗でした。
もう1度赤ワインに戻って、お口直しをしよう。
それから、ずっと気になっていたハッコベリーのチーズケーキ、くださーい!
夕暮れに背中を押されるかのように、次々とお目当てのものに手を出しました。
あー、もうダメ。
小さな町が沸いた1日でした。
翌日、ブレックファストはみんなで並んでバッフェスタイルです。
好きなものを好きなだけ。
ちなみに私は2ラウンドをこなしました(笑)。
モナの家の庭になったアプリコットと桃の収穫を手伝って、さてそろそろ帰らなければなりません。
車に荷物を詰めていたら、モナが私を呼びます。
こっち。こっち。
ここはモナの仕事場。
モナはクリスマスのリースを作ってそれを販売しているんです。
『ここにあるものの中で、好きなの持っていっていいわよ』
今年のクリスマスがますます楽しみになりました。
ロレッタが名残惜しそうに、私と夫を抱きしめます。
『スグ会えるから』そう夫が言うとロレッタの目に涙がうるみ始めます。
夫と2人で囲むようにもう一度彼女を抱きしめます。
ロレッタは笑顔を見せて『泣くつもりなんて、なかったのよ。』
日本の両親を想い、ちょっぴり胸が痛みました。
え?
復路も私が運転するの?
仕事を持ってきた夫は、このドライブ中に仕事をした分だけ、次の金曜日早く帰宅しようとコソクな手段に出ようとしています。
行きも結構疲れたんだけどなー。
ドライブって誰かとおしゃべりしていると気が紛れたりしますよね。
横で仕事をされた日には、もう退屈で、退屈で。
しばらくはひとりで歌ったりしていましたが、日本語で歌っても夫はちっとも感心してくれないし。
フリーウェイからの景色は変化に乏しいし。
ついにキレました。
『つまんなーい!!』
驚いた夫はアタフタとラップトップをしまいはじめます。
あと1時間で到着という時でした。
荷物を下ろすのは『いいから。いいから。』と言う夫に任せ、睡魔と共にベッドへ。
その後5時間、夫は何も言わずに私の至福の時をじゃましないでくれたのでした。
来年も行こうね。
(2000年10月2日)
10月になってしまいましたが、9月のお話をしようと思います。
9月4日(月曜日)はLabor Day(レイバー・デー:労働の日)で土日がお休みの人々にとっては3連休でした。
日本で言う勤労感謝の日みたいなものかしら。
アメリカの祝日は申し訳程度にあるくらいなので、3連休は大変嬉しい。
そこで我が夫、金曜日もお休みを取る作戦に出たようで、なんと我が家は4連休だったんです。
これは素晴しい!
8月の末からめっきり冷え込んでしまったボイジーですが、夫は望みを託していました。
この連休がシーズン最後のセーリング週末になるからです。
しかし前の週からの週間予報でも、その週の予報でもどうやらこの連休はかなり寒くなるらしい。
いつも帆を掲げるラッキーピーク(近くの貯水池)では、その日のお天気が快晴で、日中気温がぐんぐん上がる朝にしか風が吹きません。
どうやら雨まで降るらしい。
この4、5ヵ月雨は1滴だって降っていなかったのに、わざわざこの週末に降ることないじゃない。
夫が肩を落としているのを見て、雨が嬉しい妻もちょっと不機嫌です。
結局ボートをラッキーピークに持っていくことすら諦めました。
マストを立てるだけ無駄だろうとの判断のようです。
このレイバー・デーを過ぎるとラッキーピークはその水位をぐんと下げてしまいます。
セーリング・シーズンの終わりです。
じゃー、なにする?
『温泉に行こう!』
やっぱりこれでしょう。
新しい温泉探索に行くことに決定!
おそらく人がいないであろう金曜日に、ずっと行きたいと思っていたBonnavile(ボナビル)に行くことにしました。
3月頃、夫のママ(ロレッタ)とロレッタのお友達のモナと一緒に探索したときは、雪が深くて車を駐車場まで進めることができずに、ハイウェイから歩いたんです。
駐車場から温泉は近いハズ。でもその駐車場がどこにあるのか、それすら雪で分かりません。
結局途中で疲れてしまったおば様方2人(注:私はこの中に入っていませんからね!)。
諦めて、いつも行くKirkham(カーカム)の温泉に戻ることに。
去年も確か雪でトレイルが見つからなかった経験があります。
3度目の挑戦だ。
天気予報は午後から嵐。
え、嵐?
でも行くと言ったら、行くんだ。
ベーグル・サンドウィッチばかりでは芸がないので、お弁当を作ることにしました。
それからタップリのお水。
温泉では水分補給に気を付けないと、脱水症状になりがちです。
お決まりのハイウェイ21は山越えの道です。
一気に登ると耳に空気が入ったみたいになって、ちょっとヘンなカンジ。
なんだか夫の声が遠くに聞こえます。
『なんて言ったの?』
と聞いたら、
『え? もっと大きな声で言ってくれない?』
どうやら夫の耳もつまってしまったようですね。
ボナビルはカーカムからさらに20分ほど車を走らせ、そこからは森の中に進入していきます。
駐車場で車を停めたら、そこから400メートルほどハイキング。
トレイルはしっかりしているので、運動靴でも大丈夫ですよ。
10分歩くか歩かないかのうちに、湯気が見えてきた!
湯気だ!
温泉だー!!
自然が作った大きなプールはエメラルドグリーンに光っています。
結構深さもあるのかな?
そんなことを考えながら、プールの縁で水着になりました。
足先をお湯の中に入れてみると、うん、いいカンジ。
もうちょっと中央まで行ってみようか。
アッツーイ、けどツメターイ!!
ん?
温泉の源泉はこのプールの中に流れ込んでいるのですが、その横を流れる川の水が入ってきていました。
『下は大水、上は大火事、なーんだ』ってそんな古いナゾナゾがありませんでしたっけ?
答えは温泉だ!
肩までつかると、肩は熱いんだが、お尻が冷たい。
これではイカン。
そこで夫とプールの中をうろうろし始めました。
どこかベスト・ポジションがあるに違いない。
『他の温泉に行ってもいいんだよ』
夫はそう言ってくれますが、せっかく着替えたのになんだかもったいないじゃない。
うん、と言わない私に、夫は仕方なくまたウロウロしてます。
『こっちへ来てごらんよー!』
晴れやかな夫の声です。
この大きくて青い魅力的なプールよりも、少し離れたところで夫が手を振っています。
手応え充分ってカオしてます。
行ってみると、そこは浅瀬のプール。
倒れた木がうまく川からの水の侵入を防いでいますよ。
熱い源泉と川の水が大きなプールでうまく混ざり合って、こちらに流れてきていました。
まー、良い湯加減だわー。
やっと腰を落ち着けると、川のせせらぎが一層大きく聞こえてきました。
山々にワッと取り囲まれたようです。
雨だ。
ポチポチと降る雨の中、温泉に入るなんてなかなかオツよねー。
なんてのんきなこと言っていたら、大雨になってしまった。
しかもアイダホに降る雨は冷たいんです。
これじゃー、出るに出られないぞ。
それに雨粒が大きくて、しかも激しく降るので、目も開けられない状態です。
上を向くのは完全にムリ。
下を向いても温泉に跳ね上がったしぶきがかかります。しかもイナズマが走る!
ガガーン!
雷落ちる。
なんだかスゴイことになってしまったみたいだわ。
黒い雲が流れていくと、雨は止み、明るくさえなってきました。
わーい。
しかし2人で歌など歌っている場合ではなかったのだ。
息付くヒマもなく、また閃光が山の上を横切ります。
そしてドシャブリの雨。
この冷たい雨に温泉のお湯すらぬるまってしまったようです。
身体を横たえて肩までつかろう。
じゃないと、寒い。
この2度目の嵐が過ぎ去った頃を見計らって、サッサと着替えようか。
しかし濡れた身体と水着はサッサというワケにはいきませんよね。
モタモタしているうちに、3度目の嵐が来てしまいました。
ずぶ濡れになってしまったというのに、お弁当を食べながら『楽しかったねー』と車の中ではしゃぐ私たち夫婦はやっぱりどっかおかしいな。
帰り道もハイウェイ21を通ることにしました。
山を登っていくと嵐はますますヒドくなる一方。
こうしてみると、どうやら良いときに温泉から上がったみたいです。
イナズマが光る!
カミナリが轟く。
雨はワイパーを一番早く動かしても、まだ前が見えないほど雨が強く降り始めました。
それにしてもイナズマの美しいこと!
蛍光青紫の閃光の明るさに、またしても自然は偉大だと感動してしまいました。
『わー、なんだ。なんだ。』
針葉樹が道路に横倒しになっています。
その向こうにはそれを渡ることができずにいる数台の車が。
よく見ると、木が倒れた際に折れたみたいですね。
夫の小さくて赤いゴルフはその折れた木の合間をヒョイッて潜り抜けました。
反対車線の先頭のトラックは通れるのかしら?
おそらく救助の車が来るまで待つしかないのでしょう。
そんな風に倒れた木が道路に横倒しになっているのをこの先2ヵ所も遭遇することになりました。
どれも無事クリアしましたが。
みなさーん。
山道で嵐に遭ったら、ゆっくり走りましょうねー。
山を越えたら急に明るくなりましたよ。
ボイジーは快晴です。
どうやらこの嵐はボイジーから来たようですね。
ボイジーの黄色いハゲ丘も濡れています。
暑くて乾燥した夏に、すべての生き物は喉がカラカラだったはず。
恵みの雨です。
あまりにも太陽が眩しいので、なんだか夢を見ていたような気がしてしまうわ。
小さな我が家の黄色い壁も、雨のしずくが光っていました。
(写真: カーカム温泉)
(2000年12月28日)
とうとう日本に帰ることがかなうことになりました。
アメリカの移民法は年々厳しくなる一方で、グリーンカードを申請している間はアメリカを離れることが基本的には許されていません。
ただし、許可証を取得することで一時帰国の道が開けます。
そして私もその道をたどったひとり、というわけなんです。
その日は3時半起床。
サンフランシスコ行きのユナイテッド航空は朝6時半に離陸予定です。
出発ロビーを見渡す限りでは、平日の朝1番の便は満席ではなさそうです。
パイロットがキャリーオン・バッグをカラカラ引きながら搭乗していきます。
あれ?
女性?
ネイビーブルーのパンツスーツに身を包んだその人は、確かにパイロットハットをかぶっています。
背がとても高くて、髪が非常に短いので、一見男性のように見えますが、女性じゃないかしら?
夫が日本を訪ねて来るまで3週間。
あっと言う間に過ぎるわよ、なんて思っていたのに、出発ロビーにboarding(搭乗)のアナウンスが流れるとなんだか淋しい気持ちになってしまいました。
いつまでも手を降っている夫を何度も振り返りながら、いよいよ出発です。
ボイジーからサンフランシスコまではたったの1時間半。
飛行機の中の爆睡は大得意としている私なんですが、ダメでした。
さすがの私も、ちょっと興奮ぎみのようです。
なんと言っても1年半ぶりの日本が待っているんですから。
そして両親と大勢の友人達が。
サンフランシスコが近くなってきたようです。
シートベルト着用のライトが光り、機長のさわやかな優しいアナウンスが入ります。
やっぱり女性だったのねー。
アメリカの女性進出は本当に素晴らしい。
朝焼けと共にサンフランシスコの街も動き始めたようです。
国際線に乗るまでに4時間も時間があいてしまいました。
コーヒーとドーナツで時間を潰そうかしら。
さっき国内線の空港内で買った何枚かのカードを広げます。
サンフランシスコの空港は国際線より国内線の方が充実していると思うんですよね。
国際線のロビーにはデューティーフリーがたくさんありますが、コーヒーショップや本屋などが乏しいんですね。
ま、仕方がないか。
ドーナツとコーヒーで時間をつぶすのにもほどがありますね。
2時間ほどですっかり飽きてしまいました。
もう搭乗口まで行って待つことにしよう。
どうせあと2時間ぐらいだし。
今回使う航空会社はANA(全日空)。
アメリカの往復では日本の航空会社を使うのは初めてです。
そろそろと乗客が集まってきました。
日本人。
あちらからも日本人。
こちらにも日本人。
こんなにたくさんの日本人をいっぺんに見たのは久しぶりだわ。
なんだか楽しくなってきました。
新婚さんかな?
っていうカンジのカップルが多いですね(勝手に目につくだけかもしれんが)。
それにしてもさすがに平日。
10時間も一緒に飛行機に乗っていたら、全員の顔を覚えられそうなくらい少ないなー。
乗る人は本当にこれだけなのかしら?
1時間ほどこぎれいな日本人を観察したあたりでしょうか。
係員がデューティーフリーの荷物をあいている椅子に並べ始めました。
私のスグ後ろです。
そして来る来る。
もうちょっとスピード出したら、商品がこぼれるってほど積み込んだカートが、後から後からやってきます。
そんなに乗る人はいなかったはずなのになー。
これは半端じゃないぞ。
まだまだー!
とりゃー!
とばかりの勢いに、観光客でないただの旅人の目は釘付けです。
搭乗が始まりました。
やっぱり乗客はこれだけのようです。
シートはどの列も窓際の3人席に1人、真ん中の4人がけに2人しか座っていません。
そして日本人スチュワーデスのさわやかな笑顔。
うーん、心がときめくわー。
今回の帰省は日本での披露パーティーという一大名目があったので、ウエディングドレスを機内に持ち込んでいました。
早速、傍でにこやかにたたずんでいるスチュワーデスさんに尋ねます。
『このドレスを掛けられるところはありませんか?』
すると彼女はちょっと険しい顔を見せ、慎重な面持ちで答えます。
『お客様、こちらにスーツ等をお掛けできる場所がございますが(その場所を開けてみせながら)、お客様のドレスですと丈が長くていらっしゃいますので、どうしても裾の方が折れてしまうかと思います。
なるべく折れないようにお掛けいたしますが、それでよろしゅうございますか?』
ハァー…。うっとりするような美しく正しい敬語の連発だわー!
『ハハッ。よろしくお願い申し上げます。』
しばらくすると先ほどのスチュワーデスさんが私のところに戻ってきました。
もちろんその美しい微笑みを絶やすことなく。
『お客様。お預かりいたしましたドレスは先ほどの場所に、なるべくシワにならないようお掛けいたしまして、ドレスカバーの上にはホコリが付かないよう、カバーをお掛けいたしました。』
カバーの上にカバー?
なんてご丁寧なんでしょう!
さっきまで私はそのカバーをズリズリと引きずりながらサンフランシスコの空港をウロウロしていたというのに。
のちのちANAのグランドホステスをしている友人にその感動を伝えると、日本人のお客にはカバーを汚したとクレームをつけてくる人が少なくないとか。
なるほど、それでカバーの上にカバーねー。
カバーっていうのは、中身を守るためにあるんじゃないのかね?
おそらく、日本人の持つカバーというのはそれだけで高価なものだったりするのでしょうねー。
3人分の席を独り占めし、ベッドのようにして眠りこけ、起きればそこに美しい笑みを絶やすことのない日本人スチュワーデスさん。
ああ、なんて幸せな旅の始まりかしら…
などどボンヤリ考えながら外を眺めていたら富士山が見えました。
日本列島にかかる雲を突き抜けて、富士の山頂が顔を覗かせています。
オオ、ビューティフルー!
これは嬉しかったですねー。
と、それもつかのま、飛行機は高度を少しずつ下げていき、今までグラリともしなかった機体が乱気流に飲まれます。
窓の外は一瞬にして真っ白に。
しばらく雲の中を進んでいくと、いきなり日本の大地が目に飛び込んできました。
その山の緑、田んぼの緑に目も心も奪われます。
ボイジーでは決して見ることができない緑の大地。
『お客様、大変お疲れさまでした。当機はまもなく成田国際空港に着陸いたします。
途中、気流が乱れ、飛行機が揺れ、お客さまには大変御迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます…。』
なんと、日本の飛行機会社は乱気流で機体が揺れたことまで謝ってくれるのかー!
これはカルチャーショックに近いものを感じましたねー。
アメリカの航空会社ではこんなことはまずありえません。
『そっか。乱気流はオマエらの責任か。オレはその乱気流で機体が揺れて具合が悪くなったんだから、オマエらを相手に訴訟を起こすぞー。』なんてことにもなりかねませんからね(笑)。
これ、冗談のような本当の話。
空港のロビーに降り立つと、むん、という湿度を肌に感じます。
湿気のない土地から帰ってきた旅人には嬉しい感覚です。
荷物も順調に出てきたし、成田エクスプレスにはスグ乗れたし、全てが私を歓迎してくれているみたい!(大袈裟だなー)。
横浜駅からはタクシーを使って両親の待つ実家まで。
『すみませーん。トランク開けてくださーい。』
タクシーの運転手さんが聞きます。
『お客さん、引っ越しですか?』
ああ、スーツケースは宅配便で送ってしまったからね。
『いいえ、帰省なんです。1年半ぶりです。』
『そうですか。帰省ですか。で、どちらから?』
『アメリカです。』
『アメリカ?
そう。
お客さんはエライや。
そうやって裸一貫であっちでがんばってるってーワケだー。』
『はぁ?(は、裸一貫?なんか違うけどねー)ま、そういうことですね。(ま、いっか)』
『お客さん、そうやって明るいからね。
ハキハキしていて元気だから、あっちでもやっていけるんだね。
イヤ、おじさんは感心したよ。』
おじさん、なんか勘違いしたんでしょうか。
話は延々と続きます。
『それじゃー、ご両親もお喜びだねー。』
『そうなんです。』
『ま、ゆっくり日本を楽しんで、ご両親にタップリ甘えるんだよ。』
『はい。ありがとうございます。
あ、ここで止めてください。』
『そう。
じゃ、お代は半額でいいから。』
『え?』
おじさん、裸一貫の私にそうとう胸を打たれちゃったようです。
タクシー代を負けてもらった人って世の中にそう多くはいないんじゃあないかしら?(笑)
ともかく、おじさん、ありがとう!
私とタクシーのおじさんとの会話が終わるのを待ち切れないかのように、両親が外まで出てきました。
『お父さん、お母さん。ただいま。』
積もる話は後にして、今は暖かい両親の温もりを感じていよう。
天井の低い日本の家屋が、より暖かさを凝縮しているかのようです。
いそいそとワインのコルクを抜く父、お鍋の用意に動き回る母。
湯気が窓ガラスを曇らせていきます。
帰省第1日目の夜は両親の静かな笑い声と共にふけていきました。
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