「へ? CDだって、DVDだって、中身はどれも同じでしょう?」

 「へ? CDだって、DVDだって、中身はどれも同じでしょう」とおっしゃる人がいる。
 「音楽は生だよ、コンサートに行かなきゃ」「映画は映画館で観なきゃ」とおっしゃる人がいる。どちらもその通りで、実は反論もできない。
だから、よけい肩身が狭い。でも、ちょっとだけ違うのである。CDやDVDの中身は同じである。
CDラジカセはもとより、今ではPlayStation2でさえDVDを見ることができる。しかし、本当はそれを再生する装置によって出てくるものは違うのである。
「出てくるもの」というより、「表現されるもの」と言った方がいいかもしれない。楽譜は同じでも、演奏家が違うと表現されるものが違うのと一緒なのである。
大根役者もいれば、いぶし銀の名役者もいる。オーディオの趣味はそこから始まるのである。

 では、何がどう違うというのか。どのCDも中身は同じはずなのに。
思い切って簡単にいえばよい装置をきちんとセッティングして再生される音は立体的になる。
生き生きとした生命感が出てくる。ただ音が流れているというものから、それが確かに演奏されているという実感がわいてくるのだ。
これはとっても不思議な現象だが、音が生き生きとした音楽に変わるにつれて、オーディオは楽しくなる。もっとよくなるのではないかと思うと、もうやめられない。
LDとDVDの比較

音に実感を持たすには再生される音の周波数が低音から高音まで現実に近いほどいいし、同じ音程でも音色はまたさまざまなので同一の機械でできるだけ多くの音色が再現できる必要がある。
音の速さ、鈍さ、遠さ、近さ・・・こういうさまざまな条件を一つの機械で再生すると考えれば、オーディオの奥の深さもわかる。
「ジュラシックパーク」のLDとDVDの比較。もちろん、左がLDだ。LDは二枚組だったが、DVDはこのサイズにすべて入ってしまう。これはDVDの圧縮技術のため。LDはアナログ記録で映画のコマがそのまま記録されると思っていい。DVDの圧縮技術では、同じ色が続く場合は「ここは同じ色です」と書くだけ。(発売元 ソニーピクチャーズエンタテイメント)

ジャケット

ソフトラック
ソフトはジャケットも魅力だと思う。
ソフトも増えた。
 もちろん、生の演奏とは異なっている。
僕がビル・ゲイツなら毎日のように好きな演奏家を招待して素敵な音楽が聴けるのかもしれないと思うけれど、そうはいかないらしい。誰も、僕にそれほどのお金をくれない。
 生が一番だと言われるとその通りとしか言いようがない。足しげくコンサートにも行きたいと思う。オーディオにつぎ込む費用とコンサートに行く費用とを比べたりもする。オーディオにつぎ込む費用も、趣味というからにはバカにならない。相当な回数は行ける。
 映画にすればコンサートよりはもっと行ける。正直に言えば、映画を再生するために装置にお金をかけると、元を取り戻すのに何回観ればいいのかと、貧乏人の僕はいつも考えてしまう。僕の装置でいうと、映画が一回2000円、週一回のペースで行くとして、数年分の費用にあたることは間違いがない。それでもそんな装置をそろえてしまう。なんでだろう。

 僕の場合、たぶんそれは所有欲にあるのだと思う。
すばらしい演奏やすばらしい映画が自分の手元にある。自分のものとしてある。自分が聴きたい時に聴ける。しかも、何度でも。僕が生まれる前に演奏された過去のものでもだ。
 CDやDVDはまさしく記録なのだ。その中にはすばらしい演奏やすばらしい映画がちゃんと入っている。
そう、ただそれがディスクの中で眠っていては意味がない。それが表現されて目や耳に飛び込んでこなければ仕方がない。
少しでもいい音で聴きたい。少しでもいい絵で観たい。
 同じCDやDVDでありながら、再生される装置によってはそれがさらに生き生きと表現される可能性があると知ったなら、やらないではいられないではないか。
往年の名作「サウンド・オブ・ミュージック」。DVDで再販になった。フィルムの傷は修正され、音楽もサラウンド化された。オリジナルとの違いを楽しむもよし。新たな映画とみるもよし。(発売元 20世紀フォックス ホームエンターテーメント ジャパン株式会社)

白熱灯

 いつも過ごす部屋は蛍光灯をやめてしまった。蛍光灯は実は絶え間なく点滅を繰り返しているので、電機の流れが不安定になる。オーディオマニアの中にはこれを嫌っている人もいる。僕の場合は、白熱灯の灯りが好きなだけ。シアタールームでは日常を忘れて、リラックスしたい。
 「オーディオの趣味」とは「再生させる趣味」でもあるのだ。
生の音楽とは違う、現実の体験とは違う。
それでもCDやDVDの中に眠る音楽や映画には人を感動させる何かが眠っている。
「再生」という行為には、自分らしさや自分の好みが入る。
再生させる装置やその使い方によって、音はさまざまなのである。
そこには生の演奏会や映画館とは違う、もう一つの世界があると思うのである。


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