音楽・道楽
「ステレオ」について

 「オーディオ」「ステレオ」「AV機器」 どんなに言い直しても機械である。オーディオが趣味といっても、高い機械をそろえることのように思われることがある。オーディオが趣味の世界である以上、当然そこにはピンからキリまで、普通には思いつかないようなところまで大きな差がある。値段もまたしかりである。だけど、高い機械の話はまたします。今回はステレオの使い方の話です。

 ステレオシステム
 高い機械を買えばすばらしい音がする。資本主義の法則からすれば間違ってはいません。そうあって欲しいとさえ願います。でも、使い方を間違えると高い機械を買ってもいい音が鳴らないということはよくあるようです。逆に言うと、安い機械でも使い方の基本を間違っていなければ結構な音がするというのは体験談です。実はこの使い方をどうするかというところが、オーディオを趣味の世界にしているんですね。ここにそれぞれの工夫とこだわりがあり、それが音に反映するとものすごくうれしいのです。高い機械が買えない僕は使いこなしの工夫をするしかないとも言えますけど。
 これが我が家のメインシステム。上からCDプレーヤー、AVアンプ、パワーアンプとなっている。このシステムも7年が経過した。どれもすでにカタログからは消えている。

CDプレーヤー  ← 左−DENONのCDプレーヤー。普通のCDプレーヤーとちょっと違う・・・そう、これはCDの挿入口が前ではなく、上についている。上のふたを開けてCDを入れるのだ。

 → 右−ヤマハのAVアンプ。サラウンドはこのアンプが担当。この冬、新製品に入れ替え決定。
AVアンプ
パワーアンプ ← 左−ラックスというメーカーのパワーアンプ。普通のアンプは音量を調節するボリュームやさまざまな器機をつなげて振り分けるコントロール部分とスピーカーから音を出させるために電気信号を増幅するパワー部が一つになっている一体型。それぞれを専用の機械に振り分けると二台必要になる。パワーアンプは本当の信号増幅装置。音量調節用のボリュームすらついていない。

 → 右−これは一目でわかるスピーカー。
スピーカー

 ステレオの使い方とは何か。ステレオはできあがった製品じゃないか。ステレオの機械自体をどうにかするとでもいうのか・・・そういうのもある。でも、それは電気技術に詳しい人の上級者コース。使い方というのはもっと単純で、しかも、まか不思議な世界が広がっているものを言う。オーディオの世界は電気的にみれば全く信じられないが、しかし、確実に使い方によって音が変わるものなのだ。
まず一番やりがちで、一番の失敗で、でも一番世の中にあふれていることがある。これはステレオの原理を理解していないことにもよるし、音楽を聴くことにあまりこだわっていない場合にも多い。部屋の中に音楽が流れていればいいという人はあまりこだわらないようだ。それは何かというと、左右のスピーカーの位置が耳から等距離にないということである。人間の耳は二つある。脳は左右からは入る音をただ聞くだけでなく、わずか数十cmの差から左右の聞こえ方の違いを読みとって音の方向や距離感を割り出しているのだ。これは目も同じで、左右の目を使うことで物を立体的に見る働きを生んでいる。「モノラル」と「ステレオ」の違いは、これを利用したものなのだ。
ステレオイメージ
ステレオは左右のスピーカーの中央で聴いて、はじめて立体的な音になる
 「モノラル」というのはもともとはスピーカーが一台で、全ての音がそこからでる仕組みのことを指す。ドラムもピアノもボーカルも同じスピーカーから聞こえる。音の発信元はスピーカーそのものである。「ステレオ」とは右側の耳で聞いて欲しい音を右のスピーカーから出すように、左側の耳で聞いて欲しい音は左のスピーカーから出すように作られたものを言う。だから、きちんと左右の耳で聞けるように等距離にスピーカーを置くと、その音はスピーカーとスピーカーの間に立体感を持ってまとまるようになる。もしピアノの音を左側を大きく、右側を小さくすると、ピアノは自然と中央より左側に位置するように聞こえる。ベースを右に、ボーカルを真ん中にやや大きく、ドラムを中央にやや小さめに置いて、それぞれの音量のバランスをはかって録音する。それをステレオできちんと聴けば音楽は人間の耳に立体的に聞こえるようになるのである。音はスピーカーから出ているはずなのに、そうは聞こえない。現代のほとんどのCDはこうしたことをきちんと計算して作られている。それが左右のスピーカーの位置が違うと音はバラバラに耳に入ってきて、立体的には聞こえないのである。

 オーディオの用語の中には「音像」という言葉がある。ステレオによって音が立体的になり演奏者のイメージが空間にできあがることを指している。スピーカーから音が出ているのではなく、ただ音楽が流れているのではなく、よりリアルに空間に演奏者のカゲが漂うのである。オーディオが好きな人はこのリアルさを求めているといってもいい。「リアル」を本物に近づけたより写実的に求める人もいれば、音楽をよりらしく表現する芸術性に求める人もいる。音楽の実感を手にしたいのだ。音楽をいかに体験するかということである。だから、ステレオの原理を利用してより実体感のある再生をすることは基本中の基本になるのだ。

 しかし、狭い日本の家庭事情ではいたしかたないこともある。この話を読んでふと自分のスピーカーの位置を見た方、それも運命かもしれない。あきらめも肝心である。距離だけなら自分の座る位置を変えれば調整もできるが、高さもデコボコなら立体感はちょっと難しい。ミニコンポの中には横幅をぎゅっと小さくコンパクトにしているものもある。確かに左右からは等距離だが、左右が近すぎるので、立体的になるはずの中央が狭すぎる(中には特殊なスピーカーもあって、内側から外側に向けて音を出して、その反射音を利用することで狭い場所でも立体的にさせるものもある)。

 オーディオは買ってきて、そのまま適当に置くだけではもったいないのである。音楽をじっくり聴きたい人は見直してみるといい。部屋の模様替えをかねて工夫してみるのも楽しい。僕なんぞは一年間ぐらい聴いてるとあれこれ気になるところが出始めて、年に一回ぐらいはスピーカーの位置を変えたり、置き方を変えたりする。その度に部屋の様子も変わる。これも楽しい。


 青いバックに、黒い影。JAZZファンなら誰でも知っているソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」(発売 プレステッジ、ビクターエンタテインメント)。これは1956年の作品なので、録音は当然モノラル。ステレオでモノラル録音されたものを聞くと、音はど真ん中にできあがる。ソニー・ロリンズのサキソフォンがまさにど真ん中の空間で鳴る。音楽が流れるだけでなく、存在感があるのだ。このCDはビクターがよりクリアな録音をするために開発したK2Masteringという技術が使われて再発売されたもの。

 立体的といっても一般に電気楽器系の音楽はもともとがスピーカーから聴くものなので、音そのものは立体的はならない。録音は楽器から電気的に直接できるので、ビシバシ録音されているが、立体感などはない(電気的な工夫でそれらしくアレンジはする)。逆にジャズやクラシックなどでコンサートホールやスタジオを使い、演奏される楽器の前にマイクを立てて録音しているものに、こうした立体感や余韻の響きなどがきちんと入っているようだ。こんなところからはじめられるのがオーディオなのである。

 ※安心できる話しも少し。実はどうしても等距離でなくてはならないということはない。普通の生活でもそうだけれど、音と真正面で向き合うことはあまりない。コンサートでもど真ん中の位置に座れる人はわずかでしかない。右にずれたら音は右寄りに、左にずれたら左寄りに少し偏るだけである。ボーカルを楽しむ時は中央に声がある方が楽しいが、ジャズやクラシック、インストルメンタルのようなものなら多少中央がズレていても全く気にならない。人間は案外優柔不断なのだ。そこら辺がわかっていれば多少のズレに神経質になることもない。


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