第1回 2/3

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  1. 文字(前頁)
  2. 表記法
  3. 母音
    1. 単母音
    2. 二重母音(複母音)
    3. 下書きのιと横書きのι
    4. 分離記号
  4. 子音
    1. 鼻音のγ
  5. 気息記号

表記法

 古典ギリシャ語は左から右へと横書きします。セム語族の多くの言葉は右から左へと書かれていました。ギリシャ文字の元になったフェニキア文字もそうです。そのためギリシャ語も、古い時代には右から左へと書かれていました。

 しかしその後牛耕式ブーストロペードン)と言って、鋤をつけた牛が畑を耕すように、左から右へと書いて、次の行は右から左へ、その次の行はまた左から右へ、と続けて書く書き方が登場し、やがてすべて左から右へと横書きするようになったのでした。

【模式図】牛耕式

 また、碑文などに見られるように古代には大文字しか使われず、単語ごとに分かち書きをすることもありませんでした。日本語のようにすべての文字を間隔を開けずに続けて書いていたのです。

 小文字は8世紀以降、中世になってから写本に登場します。小文字にも筆記体は無く、続け字にせずに一字ずつ離して書きます。

 アクセント記号や単語ごとに区切る書き方は、紀元前二世紀頃にアレクサンドリアの学者によって導入されたものです。

【参考】

 小文字は文字を速く書くために後代に工夫されたものです。また中世には、写本の料紙が安価なパピルスから高価な羊皮紙に替わったため、小さなスペースにたくさん書ける小文字が使われるようになったとも考えられています。

 パピルスはカミガヤツリという植物から作られますが、カミガヤツリは温かい地方でないと育ちません。ところが中世になると、ローマ帝国の崩壊によって街道の治安が乱れてパピルスを輸送するのが難しくなり、羊や牛の革を料紙とせざるを得なくなったのでした。

母音

単母音

 ギリシャ語の母音はα、ε、η、ι、ο、υ、ωの七つで、このうちεとοは常に短母音で短く、η、ωは常に長母音で長く発音されます。α、ι、υは短母音にも長母音にもなります。

長短両方 短母音 長母音
α: ア、アー
ι: イ、イー
υ: ユ、ユー
ε: エ
ο: オ
η: エー
ω: オー

二重母音(複母音)

 二重母音とは、二つの母音が結合して長く発音されるものです。「アウ」「エウ」とカタカナ書きにすると二音節に分かれているように見えますが、一つの長い音節とみなされます。

−ι −υ 下書きのι
αι: アイ
ει: エイ
οι: オイ
υι: ユイ
αυ: アウ
ευ: エウ
ηυ: エーウ
ου: ウー
アー: アー
エー: エー
オー: オー

 αι、ειなどの二重母音は「アイ」「エイ」‥‥と短く発音され、「アーイ」「エーイ」と長くなることはありません。

 古くはειと書いて「エイ」とも「エー」とも発音されていました。(ηが「アー」と「エー」の中間の音であるのに対して、ειは日本語の「エー」)。ει(エイ)とει(エー)とでは成り立ちが違うのですが、次第に混同されて紀元前4世紀頃には両方とも「エイ」と発音されるようになり、更に後の時代には「イー」という音に変ります。

 υは単独で使われた時には「ユ、ユー」ですが、他の母音と結合して二重母音になった場合は「ウ(u)」になります。

 古典ギリシャ語は基本的に綴り字をそのまま発音しますが、例外的にουは「オウ」ではなく「ウー」です。もともとはουも「オウ」と発音され、また同時に「オー」とも発音されていました。(ωが「アー」と「オー」の中間の音であるのに対して、ουは日本語の「オー」)。ου(オウ)とου(オー)も成り立ちが異なりますが、次第に混同されて紀元前4世紀頃にはどちらも「オー」と発音されるようになり、更に後の時代には「ウー」という音に変りました。

 アー エー オー は準二重母音(準複母音: improper diphthongs)として区別されることもあります

下書きのιと横書きのι

 アー エー オー はそれぞれ、本来はαι、ηι、ωιと表記され「アーイ」「エーイ」オーイ」と発音されていましたが、紀元前二世紀頃からιが発音されなくなって「アー」「エー」「オー」となり、更に紀元前一世紀頃には発音に合せて表記も変わり、ιは書かれたり書かれなかったりするようになりました。つまり、αι、ηι、ωιとも、α、η、ωとも表記されるようになったのです。しかし、もともとはαι、ηι、ωιであった綴りと、もとからα、η、ωであった綴りは違うということで、十二世紀代以降、ιをα、η、ωの下に添えてアー エー オー と表記するようになりました。

 古典期にはまだαι、ηι、ωιのιは発音されていたのですから、古典期作品については アー エー オー は「アーイ」「エーイ」オーイ」と発音するべきところですが、中世以来「アー」「エー」「オー」と読まれて来たという長い伝統があるためか、時代錯誤ではありますが「アー」「エー」「オー」と読ませる文法書も少なくありません。

 アー エー オー とα、η、ωの下に添え書きされたιを下書きのι(iota subscriptum)と言います。発音はα、η、ωと同じ。辞書の見出し語の並び順でもアー エー オー とα、η、ωは近接して置かれます。

 大文字で表記する場合はιは下には添えられず、ΑΙ、ΗΙ、ΩΙ、またはΑι、Ηι、Ωιというように横書きのι(並記のι: iota adscript)になります。

分離記号

 通常は二重母音になる綴りでも二音節に分けて発音される場合は、二番目の母音のうえに分離記号(‥)を付けます。

子音

 ギリシャ語の子音は次のように分類されます。

単子音 閉鎖音(muta) β,γ,δ,θ,κ,π,τ,φ,χ
鼻音(nasalis) μ,ν
流音(liquida) λ,ρ
摩擦音(spirans) σ
二重子音(複子音) ζ,ξ,ψ

複子音はそれぞれζ(=σδ),ξ(=κσ),ψ(=πσ)というように複数の子音が結合した音です。ζが「z」と発音されるようになったのは後代のことです。古来の発音についてはzd、dzなど諸説がありますが、後代ではなく古来の発音に従うとζは二重子音になります。

 閉鎖音は更に次のように分類されます。

閉鎖音の分類
  無声音(tenuis) 無声帯気音(tenuis aspirata) 有声音(media)
唇音(labialis) π φ β
歯音(dentalis) τ θ δ
口蓋音(velaris) κ χ γ

鼻音のγ

 古典ギリシャ語は基本的には綴り通りに発音しますが、γγ、κ、χ、ξの前に来た時には「g」ではなく「n」と発音されます。

気息記号

 ギリシャ語には「h」の音を表す文字がありません。母音で始まる単語については、「h」がついてハ行の音になる場合は有気記号有気記号)を、「h」がつかずア行の音になる場合は無気記号無機記号)をつけて識別します(必ずどちらかの記号がつきます)。

 有気記号と無気記号を合せて気息記号と言います。単語の途中に「h」の音が入ることはないので、気息記号は語頭にしかつきません。単語の途中に気息記号がついているように見えることがありますが、これは二つの単語が融合した場合に後続の単語の語頭にあった気息記号が残ったというだけです(→crasis、融音)。

 有気記号(有気記号)はΗ(エータ)を変形したものてす。Ηはもともとはフェニキア文字であり、セム語では「h」の音の入った子音を示す記号でした。

Ηから気息記号へ

上図の有気記号はどれもギリシャ語の碑文などに使われいますが、無気記号(無機記号)のほうは、有気記号に対応するものとしてアレクサンドリアの文法家が案出したものです。

 これらの記号は六世紀頃までの写本では必ずついているとは限りませんでした。

単母音の場合

 気息記号は小文字の場合は文字の上に(ヒ)、大文字の場合は文字の左肩に(ハ)つけます。

二重母音の場合

 気息記号は大文字の場合も小文字の場合も第二母音の上につけます(ヘウ)。

 ただし、アー エー オー など第二母音が下書きのイオタの場合は第一母音の上に( オー )、Αι、Ηι、Ωιなど横書きのιの場合第一母音の左肩に(オー)つけます。

大文字で表記する場合

 書物の表題など、すべての字母を大文字で表記する場合は、アイのような二重母音の気息記号を書けませんので(上に余裕がない)、気息記号が省略されます。

語頭のυとρ

 語頭のυとρは常に有気記号をとります。

 つまり 誤例 といった綴りは有り得ません。「ユ」の音で始まる単語は無く、必ず「ヒュ」という音になります。

最終更新日: 2002年1月3日   連絡先: suzuri@mbb.nifty.com