第1回 文字と発音

homegrammarprev. next
[要点]
  1. 文字
    1. 字母の説明
      α/β/γ/δ/ε/ζ/η/θ/ι/κ/λ/μ/ν/ξ/ο/π/ρ/σ/τ/υ/φ/χ/ψ/ω
    2. フェニキア文字からギリシャ文字へ
    3. 特殊な字母
  2. 表記法
  3. 母音
    1. 単母音
    2. 二重母音(複母音)
    3. 下書きのιと横書きのι
    4. 分離記号
  4. 子音
    1. 鼻音のγ
  5. 気息記号
  6. 省音
    1. 後続子音の帯気化
    2. 省音しない場合
    3. 省音後のアクセント
  7. 融音(母音融合)

文字

 日本語のカナは、たとえば「か」ですと「ka」という母音と子音の組み合わせを一文字で表しています。線文字Bも母音と子音の組み合わせを一文字で示す文字でしたが、これはギリシャ語の音を表すのには大変不便なものでした。そのためミケーネ文明が滅びると線文字Bも使われなくなりました。
 線文字Bに代わって使われるようになったのが、いわゆるギリシャ文字です。

【注】字母の名称はビザンチン時代のものです。古典期の名称は別に示しました。ローマ字転写(Romanize)とはギリシャ語をラテン文字で書き直すこと、ローマ字表記のことです。

字母表
字母表

字母の説明

書き方 説明
alpha

アルパ。小文字のαはラテン文字のaとは違い、矢印の方向から書き始めます。上に突き出させて「σ」と書き分けます。

発音は「ア」または「アー」。短母音にも長母音にもなります。

beta

ベータ。小文字のβは下に突き出した部分から書きはじめます。ドイツ語のエスツェットにならないように注意。

発音は「b」。子音ですので後にくる母音によってバ、ビ、ブ‥‥と変化します。

gamma

ガンマ。小文字のγは縦になっている部分を先に書きます。大文字のΓも縦の線から書くからです。

通常の発音は「g」。ガ行の音です。ただし、γ、κ、χ、ξの前では「n」となります(鼻音のγ)。

delta

デルタ。大文字のΔは右側の斜辺から、小文字のδも右側が先になるように書きます。発音は「d」。ダ行の音です。

epsilon

エ・プシロン。古典期には「エイ」と呼ばれていました。

小文字は[ア]のように書いても[イ]のように書いても構いません。ただし、[ア]と[イ]を混在させることはできません。

発音は「エ」。常に短く発音されます。

字母の名称「エ・プシロン」は「単なるε」という意味です。二世紀から三世紀頃に「αι」も「エ」と発音されるようになったため、これと区別するために「単なるε、エ・プシロン」とされました。

zeta

ゼータ。発音は「z」、ザ行の音です。

もともとは「zd」という音価でしたが、紀元前4世紀の終わり頃から「z」に変化しました。稀に「zd」とローマ字転写されることもありますが、「z」を使うのが一般的です。

eta

エータ。発音は「エー」、「あ」と「え」の中間の音です。長母音で常に長く発音され、「エ」となることはありません。

theta

テータ。小文字は[ア]のように書いても[イ]のように書いても構いません。ただし、[ア]と[イ]を混在させることはできません。

ローマ字転写が「th」なので英語ふうにサ行の音で発音しがちですが、タ行に似た音で読みます。

iota

イオータ。ラテン文字の「i」と違って、小文字の上に「・」はつけません。発音は「イ」または「イー」。短母音にも長母音にもなります。二重母音では下書きのιになります。

kappa

カッパ。ラテン文字の「k」と違って、小文字のκの左の棒は上に突き出しません。

発音は「k」、カ行の音です。ローマ字転写にはドイツ語圏では「k」、英語圏では「c」が使われます。

lambda

ランブダ。「ラムダ」は英語風に訛った呼び名です。

小文字は漢字の「入」のように左側の線から、上から下へと書いていきます。大文字は左下から上がって、下がる。

発音は「l」、ラ行の音です。

my

ミュー。左下から書きはじめます。左下の棒は下に突き出します。

発音は「m」、マ行の音です。

ny

ニュー。小文字の下部を尖らせて「υ」と書き分けます。

発音は「n」、ナ行の音です。

xi

クシー。古典期の名称は「クセイ」。大文字は[ア]のように書いても[イ]のように書いても構いません。ただし、[ア]と[イ]を混在させることはできません。

発音は「x」「クス」という音で、ローマ字転写は「x」です。χと混同しがちですので注意が必要です。

【例】アナクシマンドロス→Anaximandoros

omicron

オ・ミークロン。ω(オー・メガ: 大きいオー)に対して、「小さいο」という意味です。古典期には「オウ」と呼ばれていました。

発音は「オ」。常に短く発音されます。

pi

ピー。「パイ」は訛った呼び名です。古典期には「ペイ」と呼ばれていました。発音は「p」、パ行の音です。ρ(r、ラ行)と混同しないように注意します。

rho

ロー。形はラテン文字の「p」に似ていますが、発音は「r」、ラ行に似た音です。ローマ字転写は語頭では「rh」、それ以外では「r」です。

【例】rhetricrhetrike(英: rhetric)

sigma

シーグマ。小文字は二種類あり、語尾では「ς」を、それ以外では「σ」を使います。どちらも発音やローマ字転写は同じです。

【例】ソピステスsophistes

「σ」は丸の右側から書き初めて、右に棒を伸ばします。上に突き出さないようにしてαと書き分けます。発音は「s」、サ行の音です。

tau

タウ。ラテン文字の「t」と違って、小文字の「τ」は上に突き出しません。発音は「t」、タ行の音です。

upsilon

ユー・プシロン。古典期の名称は「ユー」。小文字の下部を丸めて「ν」と書き分けます。

発音は「ユ」または「ユー」。ドイツ語のuウムラオトのような音です。短母音にも長母音にもなります。また、ほかの母音と一緒に二重母音として使われた時には「ウ」の音になります。

字母の名称は「単なるυ」という意味です。二世紀から三世紀頃に「οι」も「ユ」と発音されるようになったため、これと区別するために「単なるυ、ユー・プシロン」とされました。

phi

ピー。古典期の名称は「ペイ」でした。小文字は[ア]のように書いても[イ]のように書いても構いません。ただし、[ア]と[イ]を混在させることはできません。大文字は丸から先に書き、小文字も丸い部分から先に書きます。

発音は「ph」、パ行に似た音です。φを含むギリシャ語は「パ、ピ、プ……」とも「ファ、フィ、フ……」ともカナ書きされます。前者の表記のほうがやや古いですが、どちらも使われています。

【例】philosophyphilosophia(ピロソピア/フィロソフィア)

chi

キー。古典期の名称は「ケイ」。小文字は下に突き出します。発音は「kh」、カ行に似た音です。形はラテン文字の「x」と似ていますが、ローマ字転写は「x」ではなく「kh」または「ch」です。

【参考】ラテン語のChristus(キリスト)はxmasのローマ字転写Christosをラテン語化したものです。クリスマスをX'masと表記するのは、ギリシャ語のxmasから来ています。

psi

プシー。古典期の名称は「プセイ」。上部をくっつけないようにして「φ」と書き分けます。発音は「ps」、「プサ、プシ、プス……」となります。

【参考】英語のPsychogyはpsycho(魂)からきた言葉です。

omega

オー・メガ。「オメガ」でもかまいません。ο(オ・ミクロン: 小さいオ)に対して、「大きいω」という意味です。古典期には単に「オー」と呼ばれていました。

発音は「オー」。「ア」と「オ」の中間のような音です。常に長く発音されます。οο(オ、オ)とοが二つ続いていたのがくっついてω(オー)になったと考えると長短の区別を覚えやすいです。

 いずれも大文字は、固有名詞の語頭、引用文やパラグラフのはじめなど、特別な場合にしか用いられません。パラグラフ中では文頭にも小文字を使います。

フェニキア文字からギリシャ文字へ

 ギリシャ語の字母(alphabetum)のうちυからωまでの5文字はギリシャ人が創出したものですが、αからτまでの19の文字はフェニキア文字からの借用です。字母の名称はギリシャ語の語源では説明できません。文字の形も名称もフェニキア文字と似ています。

 たとえば「アルパ」は西セム諸語で「雄牛」を意味する言葉です。「Α」のもとになったのはフェニキア文字のアルパで、この文字は雄牛の頭を型取っています。βは「家」を意味する「ベートゥ」に、κは「手のひら」を意味する「カップ」に、τは「印」を意味する「タゥウ」に由来すると考えられます。

 フェニキアの文字がいつ頃ギリシャに伝わったのか年代ははっきりしませんが、紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスは既に、ギリシャ語の字母を「フェニキアの文字(ポイニーケーイア・グランマタ)」と呼んで、フェニキア人のものだとしています。

【参考】

 ラテン・アルファベットやロシア語のキリル文字は、ギリシャ文字から作られました。

 フェニキア語はセム語族の言葉ですが、セム語は文法の性質上、母音を書かなくてもどのように発音されるのか文脈から判断できます。そのためフェニキア文字はすべて子音を表し、母音を表す文字はありませんでした。つまり、フェニキア文字は音韻を表記する完全なアルファベットではなかったのです。

 ギリシャ語は印欧語族に属する言葉であり、セム語のように子音だけで表記することはできません。そこで、フェニキア文字のうちギリシャ語には無い子音を表す7文字(α、ε、η、ι、ο、υ、ω)を、母音を表す記号として使うことになりました。

 この工夫により、一字一音で音を表すという表音原理が確立したのです。ギリシャ語のこの文字体系は文字の歴史上画期的なものでした。

 この文字体系は古くから発達していたイオニア地方の中心地ミレトスで成立しました。アテナイでは紀元前403年に公的に採用されます。

【参考サイト】

 フェニキア文字のサイト。ギリシャ文字にも言及。フェニキア文字のフォントをダウンロードできます。

特殊な字母

 以上の字母のほかに ディガンマ スティグマ コッパ サンピ という字母があります。いずれもフェニキア文字の借用。古い字母で、数字を表すためにしか使われません。

書き方 説明
ディガンマ

ディガンマ。字母の名称は「二つのΓ」という意味です。発音は「ワ(w)」。

スティグマ

スティグマまたはワゥ。本来はディガンマとの別字でしたが、στの合字として使われるようになりました。大文字ではΣΤと書きます。6を示す記号として使われます。

コッパ

コッパ。[ア]のように書いても[イ]のように書いても構いません。90を表す記号として使われます。古くはο、υの前でκの代わりに使われていた文字で、ラテン文字の「q」のもとになりました。

サンピ

サンピ。字母の名称は「Πに似た(ホース・アン・ピー)」という意味です。もともとは「サン」という名前で、「s」の音を表していましたが、900を示す記号としてしか用いられなくなりました。

最終更新日: 2002年7月4日   連絡先: suzuri@mbb.nifty.com