第21回 動詞の変化

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[要点]
  1. 変化の概要
    1. ω動詞とμι動詞
    2. 人称語尾
  2. 数と人称
    1. 人称
  3. 時称
    1. 本時称と副時称
    2. 時称の意味
  4. 動詞の主要部分

変化の概要

 動詞の変化(conjugatio、活用)は、名詞・形容詞・代名詞などに見られる変化(declinatio、曲用)とは性質が異なります。

 名詞や形容詞が性・数・格に応じて変化するのに対して、動詞は(numerus)・人称(persona)・時称(tempus)・(modus)・(または態)に従って変化し、どの数・人称・時称・法・相になっているかによって、それぞれ意味合いが異なります

 動詞は動詞として使われている限りは、性や格を帯びることはありません。次の場合には、動詞から作られた言葉でも性や格を表示しますが、その場合の語尾の変化は動詞の変化(人称変化、活用)とは看做されません。

ω動詞とμι動詞

 ギリシャ語の動詞には、現在能動相直説法単数一人称の語尾が−ωに終わる動詞(ω動詞)と、−μιに終わる動詞(μι動詞)の二種があります。

 この二つは、現在・未完了過去・第二アオリストの三つの時称ではそれぞれ別の人称語尾をとります。ただし、単にくっつける語尾の形が違うというだけのことで、ω動詞型の語尾がついていようと、μι動詞型の語尾であろうと使い方には違いはありません。上の三時称以外の時称では、どちらの動詞も同様の変化をします。

 ω動詞とμι動詞は更に、次のように分類されます。

┌─ω動詞─┬─母音幹動詞─┬─母音融合しないもの
│     │       └─母音融合動詞
│     └─子音幹動詞─┬─閉鎖音(κ・γ・χ、π・β・φ、τ・δ・θ)幹動詞
│             └─鼻音(μ・ν)・流音(ρ・λ)幹動詞
└─μι動詞─┬─語根動詞
       ├─重複語幹動詞
       └─νυμι動詞

人称語尾

 人称語尾は、大まかに言えば次のようになります。

  能動相 中・受動相
本時称 副時称 本時称 副時称
ω動詞 μι動詞 ω動詞 μι動詞 ω動詞・μι動詞共通
単数 一人称 ×(−ω) −μι −ν −ν −μαι −μην
二人称 −σι(−εις) −ς −ς −ς −σαι −σο
三人称 −τι(−ει)※ −τι※ × × −ται −το
両数 二人称 −τον −τον −τον −τον −σθον −σθον
三人称 −τον −τον −την −την −σθον −σθην
複数 一人称 −μεν −μεν −μεν −μεν −μεθα −μεθα
二人称 −τε −τε −τε −τε −σθε −σθε
三人称 −νσι −ασι −ν −σαν −νται −ντο

※本来は−τιですが、実際にはσιになっています。

 また、ω動詞の能動相本時称単数の語尾は語幹形成母音と融合しており、( )内の語尾となって現れます。

数と人称

 動詞の語形によって示される五つの要素のうち、数と人称は主語に関わるものであり、動詞の表す行為(食べる、歩く)を「誰がやっているのか」を表します。

  一人称 二人称 三人称
単数 私は〜する あなたは〜する 彼は/それは〜する
両数 −−− あなたたち二人は〜する 彼ら二人は/それら二つは〜する
複数 私たちは〜する あなたたちは〜する 彼らは/それらは〜する

 ギリシャ語では、主語の人称と数に応じてそれぞれ異なる語尾を動詞につけますので、動詞の語尾を見れば、主語(行為者)の人称と数が分かります。ですから、現代英語などのようにわざわざ人称代名詞によって主語を示す必要がありません。動詞一語だけで、「主語+動詞」という構文を備えた完全な文になるのです(参照: 人称代名詞の主格)。

 逆に言えば、ギリシャ語を訳す際には、適宜人称代名詞を補う必要があることになります。主語にあたる単語が文中に無くても、動詞の語尾から主語を判断して訳出します。

【注意】

 主語が複数であれば動詞も複数形になるのが原則ですが、主語が中性複数である場合は、動詞が三人称単数形になることがあります(参照: 中性複数の名詞についての注意)。

 動詞の変化に関わる五つの要素のうち、(numerus)だけは名詞と共通しています。名詞の数と同様、動詞の数にも単数(singularis)と複数(pluralis)のほかに両数(dualis、双数)があります。両数というのは、「両目」など二つひと組のものや、「親友」など密接に結びついて対になったものを表す数です(参照: 格変化の概要の「」の項目)。

 主語(行為者)が単数であれば、動詞の語尾を単数に応じたものに変化させ、両数であれば両数、複数であれば複数に応じた語尾にします。

人称

 人称(persona)には、一人称(prima persona)・二人称(secunda persona)・三人称(tertia persona)があります。

 単数と複数にはすべての人称が揃っていますが、両数には一人称がありません。二人称と三人称だけです。

 動詞の語尾が一人称の形になっていれば、数に応じて「私は〜する」「私たちは〜する」と主語を補い、二人称であれば、「あなたは〜する」「あなたたち二人は〜する」「あなたたちは〜する」と補います。

 動詞の語尾が三人称の形になっている場合は、文中に主格形の名詞があればそれを主語にして「船は〜する」「竪琴は〜である」などと訳します。主語になり得るような単語がなければ文脈から推測して、数に応じて、「それらは〜する」「彼は〜する」などと訳します。

時称

 時称(tempus)は動詞の表す行為が「いつ行われたか/行われるか」を示すものであり、基本的にはに関わります。

 ただし直説法以外では、動作が「どのように行われたか」(継続的か一回きりか/「〜していた」のか「〜した」のか、など)という動作態(aspectum)に重点が移り、時を表示するという意味合いが薄くなります。

本時称と副時称

 ギリシャ語には、現在・未完了過去・未来・アオリスト・現在完了・過去完了・未来完了の七つの時称があり、次のように本時称と副時称に大別されます。

 本時称と副時称では、異なる人称語尾をとります。また、従属文(副文)については、主文の動詞が本時称であるか副時称であるかによって、従属文中の動詞の法が変化します。

時称の意味

 各時称の大まかな意味は次の通りです。すべての時称が揃っているのは直説法の場合だけで、他はいずれかの時称が欠けています(→)。

現在(praesens)
事柄や動作が、今行われていることを示します。「〜する」と、「〜している」(英語の現在進行形)の両方の意味があります。
未完了過去(imperfectum)
事柄や動作が、過去において、かつ継続的・反復的に行われていたこと、あるいは動作が始まろうとしていたことなどを示す時称です(「〜していた」「〜しようとした」など)。アオリストとは動作態が異なるだけで、時には差がありません。
未来(futurum)
事柄や動作を、これから行われるであろうこととして述べる時称です。「〜するだろう」
アオリスト(aoristus)
事柄や動作が、過去において行われたことを示します。未完了過去と違って、継続や開始といった意味合いは無く、ただ単に「〜した」という言い回しです。
現在完了(perfectum)
事柄や動作が現時点では終了しており、かつその結果が現在にも及んでいることを示します。過去とも関わっていますが、今の話です。
過去完了(plusquamperfectum)
現在完了を過去にずらしたものです。事柄や動作が過去のある時点では終了しており、かつその結果がその時点にまで及んでいたことを示します。
未来完了(futurum perfectum)
現在完了を未来にずらしたものです。事柄や動作が、未来のある時点では終了しているだろうという、予想を述べる言い回しです。

 (modus)は、発言内容に対する(主語・行為者ではなく)話者の態度・気持ちを示すもので、動詞の表す内容を事実として語っているのか、それとも主観を入れて語っているのか、といったことを表示します。ギリシャ語には次の五つの法があります。ただし、不定法を法に含めないという考えもあります。

直説法(indicativus)
 事柄や動作を、ただ単に事実として述べる言い回しです。直説法にはすべての時称が揃っており、時称は動作の行われ方(動作態)だけでなく、動作の行われる時(時点)も表示します。直説法はind.などと略されます。
接続法(subjunctivus, conjunctivus)
 事柄や動作を期待したり心配したり提案したり、推測や思案、疑惑などといった主観を伴う表現です。従属文中でよく用いられます。接続法には現在・アオリスト・現在完了の三つの時称しか無く、時称はもっぱら動作態だけを表します。接続法はsubj., conj.などと略されます。
希求法(optativus)
 本来は願望や可能性を表す法ですが、接続法と同様さまざまな主観を伴う表現として用いられ、従属文中でよく用いられます。接続法よりもいっそう漠然とした言い回しだとされます。希求法には、現在・未来・アオリスト・現在完了・未来完了の五つの時称があり(未完了過去と過去完了が無く)、時称はもっぱら動作態だけを表します。希求法はopt.などと略されます。
命令法(imperativus)
 話者の要求、命令を表す言い回しです。命令法には一人称の形がありません。時称には、現在・アオリスト・現在完了がありますが、命令法現在完了はほとんど使われません。また、時称はもっぱら動作態だけを表します。命令法はimper.などと略されます。
不定法(infinitivus)
 人称・数とは無関係に、時称と相だけを表示します。つまり、主語を定めず(不定)、動詞の意味内容だけを表す言い回しです。不定法には現在・未来・アオリスト・現在完了・未来完了の五つの時称があり(未完了過去と過去完了が無く)、時称はもっぱら動作態だけを表します(未来形を除く)。不定法はinf.などと略されます。
  現在 未完了過去 未来 アオリスト 完了 過去完了 未来完了
直説法
接続法 × × × ×
希求法 × ×
命令法 × × × ×
不定法 × ×
分詞 × ×

 (または態、voice)は、動詞の表す動作の方向を表示し、主語がその動作をするのか/されるのか、といったことを表します。ギリシャ語には、能動相(activum)と受動相(passivum)の他に、中動相(medium)があります。

 ただし、中動相と受動相の語形が異なるのは、未来とアオリストの場合だけで、その他の時称では中動相と受動相はまったく同じ変化をします。つまり、未来とアオリスト以外では、その動詞が中動相なのか受動相なのか、文脈から判断しなければならないのです。

 相はそれぞれ、概ね次のようなことを意味します。

能動相(activum)
主語が動詞の表している事柄の行為者となっていることを示します。「〜する」。
中動相(medium)
主語が自分のために何かをしたり、させたりしていることを示します(再帰的)。複数形では主語が互いに何かをしていることも表します(相互的)。
受動相(passivum)
主語が、ある行為の目標になっていることを示します。「〜される」。

 ただし、中動相では能動相とは異なる意味を持つ動詞も珍しくないので、辞書で相ごとの意味を確認する必要があります。

 また、能動相の語形を持たず、語形は中動相・受動相でも意味は能動だという動詞もあります。こうした動詞を能動相欠如動詞(verbum depones、異態動詞)といいます。

動詞の主要部分

 動詞の語形のうち、次の六つを動詞の主要部分といいます。いずれも直説法一人称単数形です。

  1. 能動相現在: 例) ἄγω(「導く」)
  2. 能動相未来: 例) ἄξω
  3. 能動相アオリスト: 例) ἤγαγον
  4. 能動相現在完了: 例) ἦχα
  5. 中・受動相現在完了: 例) ἦγαμαι
  6. 受動相アオリスト: 例) ἤχθην

 辞書の見出しにも、直説法一人称単数形のこの六つの語形が順番に記載されます。つまり、直説法一人称単数形の能動相現在形が一番に記されて、動詞の見出し語になるわけです。

 時称によって語幹が変化する不規則な動詞であっても、上記の六つの時称の形さえ分かれば、他のすべての語形を導き出すことができます。

 ただし、特定の時称を持たない動詞もありますので、六つの主要部分すべてが記載されているとは限りません。また、すべての時称を通じて語幹がまったく変化しない規則動詞については、能動相現在形が分かれば他の語形をすべて導き出すことができますので、能動相現在形(つまり見出し語)しか載っていないこともあります。

最終更新日: 2005年3月22日   連絡先: suzuri@mbb.nifty.com