印欧語族のほかの言葉と同様、ギリシャ語にも変化詞(declinabile)と不変化詞(indeclinabile)があります。接続詞や否定詞は不変化詞です。
変化詞には、動詞のように時称や人称によって変化するものと、名詞のように性、数、格に応じて変化するものがあります。名詞のような変化を格変化(declinatio、曲用)といいい、動詞のような人称や時称に応じた変化(conjugatio、活用)と区別します。
┌不変化詞: 接続詞、否定詞、前置詞、小辞など │ └変化詞─┬─人称変化するもの: 動詞 │ └─格変化するもの: 動詞以外のもの(名詞、形容詞、代名詞)
ギリシャ語には男性(masculinum)、女性(femininum)、中性(neutrum)があり、名詞は必ずいずれかの性に属します。辞書などでは男性(m.)、女性(f.)、中性(n.)というように省略されることが多いです。
名詞の性は自然の性と一致するとは限りませんから、一つ一つ記憶しなければなりません。
ギリシャ語には単数(singularis)と複数(pluralis)のほかに両数(dualis、双数)があります。辞書などでは単数(sg.)、両数(du.)、複数(pl.)というように省略されます。
両数は、「両方」「両目」「両手」など二つひと組になったものや、親友同士など密接に結びついた二つのものに対して使われます。複数でも用が足りるのにわざわざ両数が使われているのですから、両数になっている言葉には強い結びつきがあるわけで、読解するうえで注意が必要です。
プラトンに『テアイテトス』という感覚の問題を扱った対話篇があります。この中に「色などの感覚は人それぞれに固有で、それを感覚している人にしか見えないのではないか」という議論が出てくるのですが、ここでは「感覚される物と感覚する人」という二つのものに対して複数形ではなく両数形の動詞が使われていて、「感覚される物と感覚する人はペアなのだ」と強調する言いまわしになっています。
両数は、アッティカ方言では古典期になっても比較的よく保存されていましたが、イオニア方言などほかの方言では紀元前4世紀頃には既にすたれていました。また、新約聖書のコイネーには両数は使われていません。
英語などは文中における名詞の位置によって、その名詞が文中でどのような働きをしているかを示しますが、ギリシャ語ではドイツ語などと同様、格(casus)によって語の働きを示します。
例えば、英語ですと、The dog chases the cat.という場合、dogは動詞の前に置かれていることから主語だと分かり、catは動詞の後に来ているので目的語だと分かります。catとdogの位置を入れ替えれば、catが主語、dogが目的語になって、文の意味が変ります。
それに対してギリシャ語の場合は格語尾によって、主語や目的語を表示します。たとえば主語になる言葉は主格という形になり、目的語になる言葉は基本的には対格という形をとります。(主格と対格が同形である場合は別として)基本的には、主語と目的語の位置を入れ替えても文の意味は変りません。そのためギリシャ語は語順がたいへん自由で、特に韻文では関係する要素がかなり離れた所に置かれることがあります。
ギリシャ語には次の五つの格があります。
主格 | nominativus(nom.) | 〜は(が) | 主語になる形。ドイツ語の1格。 |
---|---|---|---|
属格 | genitivus(gen.) | 〜の | 所有を表す形。ドイツ語の2格。英語の所有格。 |
与格 | dativus(dat.) | 〜に | 間接目的語を示す格。ドイツ語の3格。 |
対格 | accusativus(acc.) | 〜を | 直接目的語を示す格。ドイツ語の4格。 |
呼格 | vocativus(voc.) | 〜よ! | 呼びかけるときの格。 |
主格・呼格以外の格(属格・与格・対格)を総称して斜格といいます。
格の用法は多様ですが、大雑把に言えば上のようになります。上の五つの格が単数、両数、複数に変化します。
印欧語族のほかの言葉と同様、ギリシャ語も本来は八つの格があったと考えられます。つまり、上記の五つの格(主格、属格、与格、対格、呼格)に加えて空間関係を表す以下の三つの格が推定されます。
与格 | 具格 | instrumentivus | 〜によって、〜と共に | 英語のwith〜。 |
---|---|---|---|---|
処格 | locativus | 〜において | 地格とも訳される。英語のon〜、in〜。 | |
属格 | 奪格 | ablativus | 〜から | 英語のfrom〜。 |
しかしこれら三つの格は失われ、元来は具格や処格が担っていた意味は与格で、奪格が担っていた意味は属格で表すようになりました。
ギリシャ語の名詞は、変化の形式によって次のように分けられます。辞書の見出しに使われるのは単数主格の形ですが、ある名詞がどの変化に属するのかは、単数属格の語尾によって識別します。ですから単数主格だけでなく、単数属格の形も合わせて覚えなければなりません。
第一変化(α変化)┐ ├──母音変化 第二変化(ο変化)┘ 第三変化─┬─母音幹名詞─┬─ι幹、-υ幹 │ └─二重母音幹(-ευ幹、-ου幹、-αυ幹、 │ -ωυ幹、-οι幹) └─子音幹名詞─┬─鼻音・流音幹(-λ幹、-ρ幹、-ν幹、-μ幹) ├─ -σ幹 └─閉鎖音幹─┬─口蓋音(κ、γ、χ)幹 ├─唇音(π、β、φ)幹 └─歯音(τ、δ、θ)幹 ├─ -ατ幹(中性名詞) └─ -ντ幹(男性名詞)
第三変化は子音変化と言われることもありますが、語幹が子音に終わる言葉だけでなく、二重母音や-ι、-υに終わる母音幹名詞も含みます。第一変化と第二変化以外のものをまとめて第三変化と呼ぶのだと考えて下さい。
定冠詞は次のように変化します。
冠詞はつくこともあればつかないこともあります。英語と違って固有名詞にも定冠詞がつきます。また、語順の関係で冠詞が連続することもふつうに見られます。
不定冠詞は無く、不定代名詞が不定冠詞的な意味を表すことがあります。
呼格の冠詞はありません。
冠詞は、名詞のほか形容詞、不定詞、分詞、副詞などさまざまな言葉についてその言葉を名詞化します。たとえば「善い」()という形容詞の中性形()に中性の冠詞()をつければ、それだけで「善」()という名詞になります。
また、単語だけでなく句や文章全体が名詞化されることもあります。
例えば、「本質」を意味するアリストテレスの用語、(有るべくして有りしもの)は下線部の文章に、という中性の冠詞をつけて名詞化した言葉です。
たとえば、冠詞を用いた慣用句としてという言い回しがギリシャ語にはよく出てきます。「一方は〜、他方は〜」「前者は〜、後者は〜」などと訳されたり、また副詞的に「一方では〜、他方では〜」という意味になったりします。
これは冠詞(,,)が元々は指示代名詞だったことの名残りの用法だと考えられます。また、もとが指示代名詞だったことから、冠詞が関係代名詞の先行詞となることもあります。
ギリシャ語の辞書の名詞の見出しは次のようになっています。
(1)はその単語の単数主格の形です。名詞や形容詞の仲間はこれが見出し語になります。単数形を持たない単語については複数主格形が見出し語に使われます。
(2)はその単語の単数属格の時の語尾です。ですと、属格の時にはという形になる、ということを示しています。調べている名詞がどのタイプの変化をするのかは、単数属格の語尾を見れば識別することができます。
(3)は女性の冠詞で、が女性名詞であることを示しています。男性名詞は男性の冠詞によって、中性の名詞は中性の冠詞によって性が表示されます。
最終更新日: 2001年6月9日 連絡先: suzuri@mbb.nifty.com