4.2  古レールの調査方法

1st wrote in 2000.05.10 / last update at 2006.08.02

 古レールの調査は、
  • 現地で古レールを調査する現地調査その成果の整理
  • 古レールを関連する歴史を調べる文献調査
  • の2種類の調査手法があります。これらを2本のレールとして、進めると良いでしょう。

    目次

    | 現地調査予備調査概略調査詳細調査巡検)| 調査結果の整理 | 文献調査 |

    4.2.1 現地調査

     現地調査は、以下の段階を設けて進めると効率的です。
     
    予備調査 古レールの分布箇所を把握します
    概略調査 古レールの刻印等について、各地点ごとに調査します
    詳細調査 古レールの利用状況を図面上に記載するなど、記録を残します
    巡検 かつて調査した古レールについて、再確認します

     以下に各段階の調査方法について解説します。


    (1) 予備調査

     古レールの分布箇所を把握することが目的です。

     古レールは鉄道施設、とりわけ駅の施設に利用されている事例が多数を占めます(「古レールの所在地」)。そこで、各駅で古レールが利用されているかどうかをチェックしておきます。古レールの利用状況が把握できていれば、列車で移動して調査するにせよ、自動車を利用するにせよ、後の調査の計画も建てやすく、古レールの調査を効率的に進めることができます。

     古レールの予備調査にあたっては、列車の運転室後方から列車前方を覗きこむ、いわゆる「かぶり付き」が効果的です。駅を通る度に素早く目線を動かして、ホーム上屋跨線橋などに古レールが使用されているかどうかチェックします。
     このチェックは、普通列車(各駅停車)で行えば、見落としの可能性が低くなりますが、慣れてくれば、快速などの通過列車からでもチェックできるでしょう。最近の特急列車には、前面展望を売りにした車両がありますが、これはグリーン料金を払ってでも展望席が確保して、古レールのチェックを行うことも時に必要です。

     古レールの予備調査は、完了していることが望ましいですが、十分な時間が取れる場合、あるいは次回の本調査(概略調査)の目処が立たない場合など、本調査(概略調査)と同時に実施することも可能です。


    (2) 概略調査

     古レールの刻印等について、各地点ごとに調査することが目的です。本ウェブページでの古レールの調査は、この概略段階の調査の成果をまとめています。

     概略調査段階では、予備調査により古レールが確認された駅で、古レールの種類(刻印の内容、断面形状など)を、できるだけ多く記録します。

     古レールの刻印の判読の際には、可能な限り現地で不明瞭な文字を読む努力をすることがポイントです。刻印の判読にあたっては、やや不明瞭な文字でも、過去の調査事例などから何の文字か読める場合は判読できたこととする大胆さが要求される一方で、製造年など別の文字とも読める場合には無理して判読しないという慎重さが必要です。

     この調査に要する時間は、T字形の上屋(Y形上屋または笠形上屋)の支柱がほとんど古レールの場合、1ホーム(全長200m = 10両編成分)につき30分程度かかります。この時間をあらかじめ予定すると、調査のスケジュールを立てる際に有用でしょう。

     この段階の調査にあたっては、以下の七つ道具が便利です。

    記録用具断面帳双眼鏡拓本セットとウェットティッシュカメラ切符など参考資料
    以下に、それぞれについての利用方法や留意点を述べます。
    表 古レール調査の七つ道具
    道具 解説
    a) 記録用具  古レールの刻印等を記録するための道具です。

     原始的に行うなら、A4サイズ程度のクリップボード(画板),紙,筆記用具で、確認した古レールを記録していけば良いでしょう。クリップボードと紙の代わりに、野帳(フィールドノート)を用いるのも良いでしょう。

     筆者は、携帯パソコンの HEWLETT PACKARD HP200LX(以下、HP 200LX と略す)を古レールの記録に使用しています。HP 200LX には、英語MS-DOSや便利なユーティリティーソフトが組み込まれており、諸氏の作成したプログラムにより日本語化が実現されています。組み込まれているデータベースプログラムが大変使い易いので、古レールの刻印の判読結果をこのデータベースに直接打ち込むんでいます。
     

    写真:HP 200LX
    HEWLETT PACKARD HP200LX

     コンピュータでの入力は、実際の刻印に様々な字体や文字の装飾を完全に表現することができない点で、弱点があるのですが、データベースプログラムにより、必要に応じて見たい古レールのデータをリストアップすることができるため、過去のデータのフィードバックによる判読の正確さの向上や調査のスピードアップにもつながっており、一概に悪ともいえないかと思います。 

     この重要な役割を担っている HP 200LX の存在は大きいです。HP 200LX の製造は中止されてしまい、代替可能なコンビュータも現われませんでした。HP 200LX が存在しなかったら、このページにあるようなデータの収集はできなかったことを付け加えて、アピールしておきたいと思います。 

    b) 断面帳  断面帳は、各レールの断面規格に合わせて作った型紙集のことです。型紙はレールに当てて計測するため雄型(出っ張り側)として作成します。

     断面型紙は、薄プラ板で作成している方もいますが、容易に調整できること、曲げやすく柔軟性があることなどから、筆者はボール紙で作成しています。
     型紙の作成に用いるレールの断面形は『軌條及附属品圖』や『普通レール及び分岐器用特殊レール』(JIS E 1101)などを元に作成しました。錆や塗装による厚塗り分を考慮すると、各部の余裕を1mm程度取ると具合が良いようです。
     断面型紙は、ウェブ(レール中央のくぼみ)の大きさの順に並べると断面不明レールに出会った時に該当規格を探し出すのに便利です。これは、以下の順になるようです。

    50-6 (50ポンド第6種を示す。以下同), 50-2, 50-5 (=50-7), 40, 45A (=45-3, 45-4), 50-8 (=50-9), 50-3, 50A (=50-1, 50-4), 56, 60-1 (=60-6, 60-8), 60-2, 60-5, 45-1, 70-1, 45-5, 45-2 (=45-6), 分捕型, 60A (=60-3, 60-4, 60-7), 50-10, 70A (=70-2), 75A, 100PS, 40N, 50N, 50T, 60kg
    写真:断面帖
    断面帖をレールに当てて調べる
    c) 双眼鏡  天井近くや、線路の向こう側に立っている支柱の古レールを見るのに役立ちます。古レールにかかわらず、鉄道構造物(鉄道施設)を観察するのに便利なので、携行をお薦めします。ただし使用にあたっては、痴漢などの迷惑行為と間違われないよう注意してください(カメラも)。

     筆者は双眼鏡として、10×25 5度という性能のものを使っています。もともと本業(地質調査)の野外調査で遠くのものを見るために購入したので、大きめの倍率(10倍)です。その用途では丁度なのですが、鉄道施設を観察するには倍率が大きすぎる(視野が狭い,揺れて酔う....)ように感じています。8倍程度がちょうど良いのではないかと思います。

    d) 拓本セット
    とウェット
    ティッシュ
     古レールの刻印の調査は、直接目視による調査が主となります。判然としない場合は指で文字をなぞって確認する事もありますが、刻印を強調させて観察する方法として以下の道具が有用です。

     拓本には、湿拓と乾拓の2種類があります。湿拓は美しく拓本を取ることが可能ですが、拓本取りの作業が大事になり、所有者の許可を得る必要がある(駅の場合、その許可は、まず得られない)という難点があります。そこで、古レールの調査では乾拓を用いる方が容易です。
     レールの乾拓を取るには、紙,拓本墨,磁石が必要です。紙は画仙紙という種別の紙が適しているようですが、中でも「青六疋」という中国紙は大きな紙で、長い刻印(全長150cm程度)の拓本を取るのに最適です。磁石は、紙をレールに固定するのに使います。拓本墨は「釣鐘墨(つりがねずみ)」,「石花墨(せっかぼく)」などがあります。軟質な墨で、乾拓を取るのに適しています。紙の上から、刻印の凸部をなぞるように拓本墨を滑らせると、刻印の文字が紙の上に浮きあがってくるでしょう。

     ウエットティッシュは、刻印の凸部分を拭うために使用します。大概の古レールはホコリで汚れているので、刻印の凸部分だけを拭うと、刻印の文字が浮き出てきて、不明瞭だった刻印も読めるようになります。あるいはチョークを使って、刻印の凸部だけを着色する方法もあります。

     いずれの手法も有用ですが、意識した / 意識していないに関らず、刻印の偽造が可能なため、取り扱いには注意が必要です。

    e) カメラ  カメラは、経験から言えば、解像度(画素数)よりもレンズの描写力の方がモノを言います。古レールの刻印を画面横方向に写した場合、35mm一眼レフであれば低解像度でも刻印の凹凸が判読可能ですが、コンパクトタイプのカメラのレンズでは、高解像度でも凹凸が判読できない事例が多い傾向があります。デジタル,アナログに関係なく、最低でも35mm一眼レフ程度は使いたいところです。

     筆者は、フィルム方式の35mm一眼レフを使用しています。フィルムに関しては、屋根下での撮影を考慮してISO 400 を用いています。また筆者の場合、ウェブページ作成のため後にデジタル化を行いますが、このスキャニング感度の幅(ラチチュード)が意外と狭いことに合わせて、ポジ(リバーサル・フィルム)で撮影しています(愛用は、FUJICHROME PROVIA 400F)。
     

    筆者の愛機:Nikon F2 photomic A

     古レールの刻印の撮影時の構図については、刻印部分を中央に置いて、刻印の真正面から撮るのが一般的かと思いますが、この際刻印の両側に十分な余白を残した構図とすることが肝要です。こうすることにより、写っている刻印の前後に別の文字列が続かないことを記録することになります。また、バランス上もこの方が美しいように思います。

     上記の条件を満たす写真を撮影するためのレンズの条件としては、標準〜中望遠(いわゆるポートレートレンズ)で十分です。高いホーム上屋の梁などでは、望遠レンズも有効です。筆者は 28〜85mm / F3.5〜4.5 のレンズを一般的に使っています。

     なお、構造物写真の撮影法については、『鉄道構造物探見』のp.176にある「構造物写真の写し方」が、解りやすくまとまった文章ですので、参考としてみて下さい。

    f) 切符など  古レールは鉄道駅に見られる事が多いので、何らかの手段で鉄道施設内に入る必要があります。

     最も簡単なのは、乗車券(切符)を購入して、その移動経路内の調査を行う方法です。近年はイオカードあるいはパスネットカードのような、SF(ストアド・フェア)カードが利用可能な鉄道事業者が増えてきました。これらのカードを使用すると、事前に行き先地を決めておく必要が無く、必要に応じて駅の外に出る事もでき、古レールの調査には重宝します。

     JRには季節商品として「青春18切符」があります。古レールの調査の際に青春18切符を使用すると、必要に応じで駅を出入りしたり、行路を退行する事も自由なので便利な面があります。しかしながら、駅にいる時間は長くても、鉄道で移動する時間は惜しい古レールの調査では、青春18切符の元を取るのは意外と大変です。そのため、特急も使って目的駅にすばやく到着し、じっくり調査し、また特急で帰るといった切符の使い方が、青春18切符より現実的です。

     あらかじめ予備調査により古レールの所在地が明らかな場合、乗用車で移動して、入場券を買って駅に入るという方法も有用です。
     この時、道路の行き先表示看板では、鉄道駅を案内していないことが多く、車で鉄道駅を次々訪れるというのは骨の折れる作業になります。そこで、車にカーナビゲーションシステムがあると大変便利です。駅を立ち寄り地として次々登録しておいて、ひとつひとつ訪れていく事ができます。

    g) 参考資料  見慣れない製造者の刻印のレールを見つけた時は、参考文献の有無により、刻印の内容を正確に読み取る上でも、大きな違いが出ます。

     筆者の場合、HP 200LX(携帯パソコン)に、古レールの刻印のデータを入力していますので、これらを参考データとして参照しています。

     参考文献としてみた時、この『古レールのページ』の「古レールの刻印を解読する」は、データの数を重視しているので、その印刷物を参考文献に持ち歩くのは過大でしょう。参考文献として持ち歩くとすると、『レールの趣味的研究序説』と『レールの旅路』の巻末のレールマークのリストの両方を持ち歩けば、こと足りると思います。


    (3) 詳細調査

     各地点の古レールの分布を正確に記録するような調査は、詳細調査に分類できるでしょう。本ウェブページでの古レールの調査結果の公開内容は、この段階の調査には至っていません。ただし、調査時に該当レールの所在地程度は記録しています。

     詳細調査段階では、平面図や骨組みの組み立て図を作成して、どのようなレールがどこに使用されているかを記録するなどの調査を行うことが考えられます。『風前の灯火,西武鉄道の古レール』の記録方法はこの段階であると言えるでしょう。古レールを使った建造物が撤去されることがあっても、CGや絵画で再現できるような資料を残すことが、この段階の調査の使命です。


    (4) 巡検

     地質学の世界では「巡検」と呼ばれる行事があります。巡検とは、本来は「役人がいろいろと見てまわること」の意味だそうで、要は見学旅行のことを言いますが、時や見る人を変えることにより、新たな発見を導き出すという目的もあります。

     古レールにおいても、一度見たレールでも、再度見ると調査者の目の肥え方から、刻印が読めたりします。あるいは訪れた時間によって、光陰の具合で刻印が読めたり読めなかったりすることがあります。ですから、調査済みのレールであっても機会があれば二度三度と訪れるのは効果的です。これは先の「巡検」という行為に良く似ています。


    4.2.2 資料整理

     調査が終わると、データ整理の必要があります。ここでは概略調査の資料整理の方法について述べます。
    表 古レールのデータの整理作業
    項目 解説
    レールのデータの
    整理
     現地調査した古レールのデータ(刻印の内容レールの断面規格,その位置など)は、情報カード等で整理することをお薦めします。現在では情報カードを入手より、パソコンのデータベースソフトで整理する方が現実的かもしれません。

     筆者の場合、データベースソフトへの入力は、HP 200LX(携帯パソコン)を使用して、現地調査の段階で完了しています。これに加えて、HTML (Hyper Text Markup Language) 形式に再整理しています。この結果は「古レールの調査結果」と「古レールの刻印を解読する」で公開しています。

    既存データとの
    整合性チェック
     データの整理の終了後、既存データとの整合性をチェックすることをお薦めします。不明瞭な刻印の場合など、現場での判読を誤ることが、よくあります。『レールの趣味的研究序説』,『レールの旅路』,この『古レールのページ』のデータと見比べて矛盾が無いことをチェックすると良いでしょう。

     筆者の場合、古レールのデータを HP 200LX(携帯パソコン)に入力した段階で、現地でデータの整合性の誤り(読み間違い)をチェック可能です。しかし、データの整理後に誤りに気付くことも少なくないのも事実です。

    写真の整理  筆者の場合、古レールの写真はフィルムで撮影していますが、これらの中から必要な写真,必要が生じるかもしれない写真をピックアップし、Kodak ImagePack CD(以前は、"Photo CD" というサービスであった)にて電子データ化しています。

     Kodak ImagePack CD は、電子データの省略を伴わない保存形式により、フィルム(ポジ,ネガともに可)から画像を電子化します。このため、Kodak ImagePack CD は、一般的に普及している jpeg 方式を利用した電子化より単価が高いですが、高品質な画像ファイルが得られます。

     ウェブページ用の画像ファイルは以下の手順で作成しています。

    1. 画像ファイルは、レールの場合は画像ファイル化した時の横幅が 600 dot 、その他の写真は 230×340 dot(縦置きは 330×240 dot)の大きさとなるような解像度で作成しています。
    2. 画像ファイルは、the gimp で画像を調整します。大抵の場合、明度−コントラストの調整を行った後、明瞭化をやや強めに掛けています。
    3. the gimp では、画像の調整と同時に、画像ファイルをトリミングして、jpeg 形式で保存します。画像の圧縮率は 75% としていますが、前述した画像サイズだとファイルサイズは 20 kB 強となります(このサイズだと低速のインターネット環境でも、比較的ストレスなくページの読み込みができる)。

    4.2.3 文献調査

     多くのフィールドワーク研究がそうであるように、古レールでも文献の調査は軽視できない項目です。

     参考とする文献には、他の人が行った古レールの調査結果といった直接的な内容のほか、レールや鉄道構造物について触れた文献にも、できるだけ目を通しておくべきでしょう。
     鉄道に関する書籍では、鉄道車両を扱った書籍は多数あるものの、鉄道施設に関する書籍は数が少なく、レールに関する情報も限られています。それだけに、レールに関する情報を常に集めようとする態度が必要です。


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