音楽・道楽
DVDプレーヤー入れ替え計画!!
 さて、オーディオの話し。それも時間をさかのぼって、12月へと戻ります。12月の暮れ、転勤の話はまだ検討段階でした。年末のボーナスは昨年よりも7万円落ちで支給され、かなりガッカリしましたが、この年末にはDVDプレーヤーの入れ替えをしたいと当初から計画を練ってきているのです。ボーナスの低下や転勤の話しで落ち込んでいましたが、こんな時こそプラスのことをしたいと気持ちを鼓舞するのでした。それで年末の休暇には再び秋葉原へ足を運んでみます。

 振り返れば我が家も当初のCDプレーヤーは高級機の代表といわれるDENONのDCD−S1を使っていたわけです。これを安いDVDプレーヤーと入れ替えるなんて、常識的にはちょっと考えられないことでした。それをあえて行ってきたのが、僕のこの一年です。入れ替えた理由は音の張り出し方の違い。DCD−S1の余裕というか、ゆとりというか、そうしたものと少し別れたかった。若々しいハリの強さ。強引さが欲しかった。
わがままで、理解しがたいのが男の願いです。自分でもそう思います。JAZZを中心に聴くようになったせいもあるでしょう。DENON独特のグラマラスな低音から、勢いのある若々しさに寝返って、一番失ったもの・・・それは、音の「品位」でした。楽器の演奏というのはただ音が出ていればよいというのではないのです。楽譜どおりに演奏できたとしても、それがすぐによい演奏とはなりません。楽器の演奏には技術としての演奏だけでなく、それぞれの演奏者の奏でる音楽の表現というものも重要な要素になります。同じ音階の音を出しても、表現に違いがあるのがプロの音楽家の世界です。オーディオもその部分の再生が普及機と高級機を分けていきます。「品位」という表現にはこうしたことにかかわるさまざまな要素が入っています。一般に安い製品の表現は雑です。固く、ぎこちなく、突っ張ったり、ぼやけたり、音楽に無理な力が入っています。そして、そのためにもともとの演奏の表現を十分に再生しきれないわけです。システムがよくなるとこうした「雑さ」がなくなります。今どき3万円も出せば必用十分な機能がついたMDラジカセが買える時代です。安いからといって、昔のレコードのように「ザー、ザー」ノイズだらけだったり、テンポが遅くなったり早くなったりしないわけです。楽譜どおりの演奏を聴くのに不自由はありません。しかし、演奏者の演奏を再現するにはあまりに「雑な」装置です。パナソニックの若々しいDVDプレーヤーも、再生装置として求められる音のなめらかさ、再現の丁寧さ、音一つひとつに込められるはずの内面的な力強さの表現などはどうしても勝てません。結局、我が家ではOdeon−AgというD/Aコンバーターをプラスして若々しさに、なめらかで奥行きのある品位をプラスした状態になりました。僕はJAZZという勢いのある音楽を中心に聴くので、このシステムに大きな不満はないのですが、最近はDVD−Audioやら、SACDという新しいディスクが登場し始め、オーディオの未来も確実に変わる予感がしてきます。パナソニックのDVDも購入から数年たち、最近発売される特典映像満載のDVDでは読み飛ばしも多くなってきました。そこで今年はプレーヤーそのものの買い換えを考えているわけです。

 この秋口にDVDの入れ替えの第1候補としてあげたのはエソテリックというブランドのDV−50という製品でした(「この冬話題の新製品を見る」)。雑誌の評価も高く、前回の視聴の旅でも好印象でした。一方今回の旅で確認したかったのはラックスマンというメーカーの
DU−7という製品です。実はこの2つ、心臓部はパイオニアのメカをもらって作られている兄弟機なんですね。なぜそうなったかというと、現在CDやDVDの他、新しい録音技術を駆使した特殊な高音質ディスクとしてSACDとDVDオーディオという2種類が発売され、その音質の良さは確実に評価されています。これらを含めたすべてのディスクが再生可能なのはパイオニアのメカしかないからです。パイオニア自身は昨年、このなんでも再生できるDVDプレーヤーを5万円という低価格で発売して、業界を震撼させました。普通、世界初なんてものは高級機として登場するものですが、パイオニアは全く逆だったのです。これで不景気なオーディオ界でも爆発的にヒットしました。しかし、マニアと呼ばれる人が望んでいるのは、何でも再生できるだけではなくて、その再生レベルが一定以上の質を持ったものなんですね。機械を2台も3台も置きたくないが、質も落としたくないのが本音です。それでエソテリックとラックスマンというブランドなんですが、どちらもオーディオに詳しい人にはよく知られた高級機メーカーです。この高級機メーカーはパイオニアの安いメカを買ってきて、自分たちの技術で完全アレンジして、高級機レベルの製品に作り上げてきました。前回はそのうちのDV−50をチェックしました。それで残るはもう一つのDU−7。ラックスマンというメーカーはアンプを中心に作ってきたメーカーで、気づいた人もいるかもしれませんが、我が家のパワーアンプがそのラックスマンです。このアンプメーカーが昨年高級DVDプレーヤーを出して、これも大ヒットしました。価格はこのご時世に80万円。DVDプレーヤーでも、高級なCDプレーヤーに負けない音質を出そうと開発されたものですが、これが売れたのだからビックリしますね。今回のDU−7は最新型らしく機能を+アルファして、価格は半額にしたという注目機です。DV−50よりも定価で10万円も安いからさらにビックリです。今回はこのライバル同士の聞き比べをしようというのが目的です。



キッチン バス
前回の台所がbeforeなら、これがafter。生活というのはこういうものです。手近な物をまとめてしまうとゴチャゴチャしてくる。もう少し収納の工夫をしたいと思う今日この頃。でも、今後のことを考えると収納用具をそろえるのもどうかと・・・。実は写真の手前にはまだ空間があいているのだ。だけど、それをどう使えばいいのかわからない。広いというのも困ったもので・・・。 写真で見ると広さはわかりにくいでしょうが、これがなかなか広いバスタブ。さすがに、足を全部は伸ばせないが、のんびり寝た姿勢でつかることは十分可能な広さがある。今まで6回引っ越しをして、その都度いろんな部屋を見せてもらいましたが、、こんなお風呂が付いているところははじめて。深夜電気温水器なので、追い炊きができないのが唯一の欠点。

 今回は時間が余りなかったので、おじゃましたのは「テレオン」さんです。ここは前回来たときにもまだ一般には出回っていないDU−7の音質を高く評価していたお店です。ここでDV−50とDU−7の違いを聴かせてもらいました。
さて、どうだったでしょうか。。。

 まず前回聞いたDV−50。発売から時間もたちましたので、どのフロアでも見ることができます。再生の「品位」という点から見てもCDプレーヤーとして合格ラインに手の届くプレーヤーです。今回の秋葉原の試聴では前回よりさらに音の良さを確認できました。大分鳴らし混みも済んだのか、前回気になった高域の突っ張り感や硬さも大分とれて、むしろ腰の据わった安定感が出てきています。音の明るさ、ハキハキしたおおらかさ、芯のある強さが魅力です。やはりDV−50は評判通りの製品です。ライバルのDU−7はどうでしょう。
DV−50がこれだけよいともう聞かなくてもいいのかなぁと思いつつも、おそるおそる同じディスクをセットしてもらいました。

 
結論を書きます。DU−7は買いです。なぜか。DV−50は全編にハリのある明確な再生で非常に感心させられました。間違いなく優秀です。一方DU−7は、音の表現を別な角度から責めてきました。DU−7は音楽を生き生きとさせる温度感の高さ、音色の温もりで責めてきたのです。DV−50の表現が蛍光灯の明るさであれば、DU−7は間違いなく白熱灯の光です。DU−7の音が「暖かい表現」などと書くと、明確さが薄れ、ぼんやりとぼやけていると思われた方は間違いです。白熱灯の下でもハッキリと音楽は見えています。しかも、それはむしろ濃い陰影を持って見えてくるのです。聞き比べてみるとDV−50は楽器が直線的、平面的に並びます。立体感がないというのではなくて、明るすぎて何もかも合理的に並んでいるように感じるわけです。DU−7はデコボコに並びます。前にある楽器、後ろにある楽器、その後ろにある楽器、それぞれの影の出し方がとてもよいのです。僕は試聴に最近お気に入りのNew York Trioの「BLUES IN THE NIGHT」を持っていったのですが、このピアノトリオの演奏が息づかいをともなって再現される様子にビックリしました。DV−50に比べると音質は柔らかいかもしません。光もほの暗いかもしれません。しかし、これはとても魅力的な再生です。

 以前にも「モニター調の再現」ということに触れて書きましたが、オーディオを趣味とする人の間では、昔から大きく意見を2つにわける議論があります。それは再生される音がオーディオ的か、音楽的かという議論です。オーディオの世界はいまだに未完成の世界です。なぜなら、オーディオ装置はそれひとつでどんな音楽でも鳴り分けなければならいと期待されているからです。音楽というのはその音のためにさまざま楽器や演奏法があるのに、スピーカーはすべての音を再生し分けなければならないと思われています。そうするとそれはおのずと万能であるがゆえに、中庸な物作りになるのがすべての世界に共通する問題なのです。日本のかつてのスピーカーは万能選手でした。平均点で見れば世界一の技術をもっていたと言ってよかった。しかし、それでも日本のスピーカーは衰退の道をたどります。音楽が感性の世界である以上、好きか嫌いが重要であって、中庸は誰にとっても中庸な意味しか持たないのかもしれません。どんな音でも中立になっているか確認するためにガラスの割れる音や花火の音、波の音や鳥の声、果てには戦闘機のジェット音などを再生して確認する人もいます。現実的な音を聴くことで、再生装置としての能力を確かめるわけです。万能であり、しかもそれが高得点である音。オーディオの機械としてのポテンシャルを高めていく音の世界をオーディオ的な世界とか、原音再生などと言ったりします。しかし、それは本当に音楽的なんだろうかという疑問が絶えず出てきているのです。楽器がそれぞれに個性を持つように、音楽がそれぞれの個性によって分かれ、それを大事にすることで人類の長い歴史の中で残り続けてきたように、オーディオの装置もまた個性的ゆえに存在の意味が強くなる。オーディオの世界にはこうしたジレンマが長くあるのです。DV−50はよくできています。再生の品位、音楽的な表現が不十分なのではありません。しかし、どちらかでわければオーディオ的な中立性がその魅力であって、表現のうるおいや音楽のしなやかさはDU−7に魅力があるようです。たとえば、音の出方として一番違ったのはベースの再現でした。
DV−50のベースの弦は、まさにまっすぐ、直立不動。幅も2センチはあるかという鉄の棒そのものとなって目の前に現われました。こうした輪郭のくっきりとした明晰さはエソテリックの魅力です。鉄の棒のようなベース。それは確実にひとつの世界を作っていて、この鉄の棒がブンッとハジけるさまは、まさにオーディオらしい特殊な快感にあふれています。普通のJAZZファンの方なら、こうした音を求める人の方が多いんじゃないでしょうか。DU−7も弦は見えますが、鉄の棒ではありません。弾くときにはきちんと指の方向に少し引っ張られます。弦が震えているんだなぁとわかります。人間が演奏している息づかいがある。弦がほどよく柔らかい。それがスゥイング感につながっている。これがDU−7の魅力です。どちらの弦を取るか。低音・高音の伸びはDV−50。中域の存在感、味わいはDU−7。僕はDU−7に惹かれました。よく考えてみれば、僕はケーブルを選ぶときも中立でストレートな音色で評判の高いS/Aラボのハイエンドホースを捨てた口でした。味がない。蒸留水のようなきっぱりとした飲み心地。でも、僕はこの水を楽しみとして飲めない。心がウキウキしない。そして、今回もやはりそう思うわけです。


DU-7  DU−7のフェイスはゴールド。我が家はアンプがゴールドなので、デザイン的にマッチしたのも選択の理由の一つ。左下にある3つのスイッチのところが黒くなっているのは、すでに「レゾンナンスチップ・クライオ」が張ってあるためで、もともとはもっときれいなデザインです、念のため。これらはメインスイッチと、ビデオ回路のオンオフ、内蔵D/Aコンバーターの切り替え用のスイッチとなっている。ビデオ回路をオフにすると、DVDの映像だけでなく機械のセッティングなどの映像メニューすら出なくなる。ビデオスイッチが入ると音場感が狭くなり、音もかさつく感じがする。内蔵D/Aコンバーターの切り替えも音質の差があって音にすると音の鮮明さがあがり、なめらかさも向上する。どちらのスイッチも音質をかなり左右するので、できたらリモコンで操作できるように工夫して欲しかった。DVDとCDを入れ替えるときにちゃんと行えばよいのだが、すぐに忘れるので、いつも二度立ち上がることになる。

 DU−7のもう一つの欠点は我が家のプロジェクター三菱LVP−L10000ではプログレッシブ再生にするとノイズがでてしまうこと。このため映像は品位の劣るインターレス再生にしかならず、映像の良さが生かせなくなった。これは説明書にも書いてあるので機器の不良のせいではないが、高価な製品だけに残念。ただ、ライバルのDV−50でもこの点の中身は同じ仕様なので、事情は変わらない。なんとかバージョンアップして対応できないものかと思う・・・。 

 DU−7の選択には最後にオチがつきました。なんと、こう決断したあとにYahoo!オークションにDU−7の新品が登場してきたのです。定価40万円が送料・税込みで29万円で落札できました。DV−50が43万円から45万円で販売されているのに比べると15万円ほどの開きとなります。DU−7としても通常に買うよりはよりは5万円は安い価格です。これには文句もありません。商品の到着は引っ越しのちょうど一週間前でした。こうして引っ越しの新生活にむけ、ささやかな花が加わったわけです。


ひとつ前へ home


メール