設楽原遠征日記 2 (2000/5/3)

 資料館の裏手を降りていくと馬防柵等へ行く道と、山県陣所跡地へ行く道に分かれております。当然「山県」!ここに来るためだけに来たと言っても過言ではありません。とりあえず山県昌景公のお墓に行きたいと思い、歩きました。

 すると、←このような看板があるではありませんか!え!こんなところに、と思いながら森の中に入って行きました。

 まず、細い坂道を上がって行くと、このような石が・・・よく読んでみますと「山県昌景陣跡」とあるではありませんか。こんなところに陣取ったのか・・・

 その先に進みますと、おお!殿〜!

山県公のお墓があるではありませんか。「山県三郎兵衛昌景之碑」と書いてあります。ここにて連合軍の鉄砲に・・・志村又右衛門どの、よくぞ殿のみしるしを甲斐に持ち帰られた〜。それがし御礼申し上げまする。

 設楽原の石碑のほとんどは、大正ぐらいに立て替えられたようです。陸軍大将・・・と武田の遺臣かと思われる公のお名前が掘ってありました。感謝です。あと、設楽原を守る会の皆様のお働きにより、道しるべが非常に整っており、史跡の保護と、後生に残すため努力をなさっております。ここに敬意を払い感謝の意を述べたいと思います。ありがとうございます。

 

山県甚太郎昌次の墓と従士、名取又左衛門道忠の墓

 山県公のお墓は、敷島町天沢寺、恵林寺、川浦温泉山県館そしてこの長篠、計四カ所あり、今回の旅で知っている全てを回ることができました。しかし、志村殿がもって帰られたみしるしはとこにあるのか???きっと武田家の菩提寺恵林寺にあるに違いない!

 

1 首洗塚

2 信玄塚

3 小幡信貞の墓

6 土屋昌次の戦死の地

7 大宮前激戦地

8 真田信綱の墓

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