長篠城 (のぼり祭)、鳥居強右衛門祭

遠征日記 (2000/5/3)

 5/1 〜 5/5 にかけて第三十五回長篠合戦「のぼり祭り」が開催されていました。私が行ったときは 5/3 であったため、メインとお祭りを見ることはできませんでした。メインは5/5だそうです。5/3は弓道大会。5/5は式典、合戦行列、設楽原鉄砲隊実演、長篠陣太鼓、鳥居強右衛門戦国街道ラン (岡崎-長篠を一日で歩く!) 等いろいろなもようしものがあるようです。残念でした。鳳来寺町の力の入れようがよくわかり、うれしかったです。

牛淵橋から見た長篠城篠場野陣跡及び渡合い、鳴子網豊川を隔てて長篠城の対岸を篠場野といい、山県昌景、高坂昌澄らの陣地があった。この写真の下には、豊川と宇連川の合流する所で渡合という。武田軍は城兵が脱走するのを防ぐために鳴子の網を張った。

横田十兵衛康景之碑

小山田五郎兵衛昌晟之碑

 とりあえず、長篠城跡史跡保存館を見ました。なかは簡素ですが、馬場信春の画像模写、赤備えの甲冑等があり、目を引きました。念願の「馬場、内藤、山県公の子孫」なる本を購入いたしました。あと、井伊谷三人衆も!

 私が訪れましたときは、弓道大会やってました。のぼりを一つ一つ見ていくと、武田家の遺臣の方と思われる名前の方、徳川家の家臣の子孫と思われる方が奉納しているのだな〜と感慨深いものがありました。

 馬場美濃守信房殿戦忠死の碑も行ったのですが、カメラのフィルムが無くなり、残念ながら記帳のみとなりました。ほんと残念です。この日はとにかく疲れました。朝 9 時から 18 時まで座っていません。また駅まで歩き、長篠城駅で初めて座ることができました。そして豊橋へ。新幹線で京都へついたのは十時回っていました。

長篠城跡。豊川と支流宇連川との合流点を背にして、扇形に開いた城。天正三年長篠合戦当時はもっと広かったそうです。現在は大手門跡、搦手門跡は明らかであるそうですが、明確で無いところもあるそうです。

のぼり祭り、鳥居強右衛門

鳥居強右衛門磔死の跡

長篠城跡

有海陣地跡 + JR 鳥居駅

横田十朗兵衛康景の碑

篠場野陣地跡

鳥居強右衛門の墓

鳶が巣山陣地跡

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