こちらには、古レールを調べながら見たこと、感じたことを雑記的(日記的)に書いていこうと思います。リンクを多数貼りましたが、それぞれ無理に辿る必要はありません。気になった時に押していただけると、関連する情報に辿り着けるかもしれません。
おもてのページは、おもいっきり、真面目に徹してしまいましたので、ここは、息抜きのようなものです(最近は闘病日記と仕事の愚痴ばかり?)。反面、おもてのページに反映しきれない最新情報が埋もれているかもしれません。
各リンクについては、雑記という性格上、古いものを修正していくつもりはありませんので、リンク切れがあるかもしれません。あらかじめ、ご了承ください。 |
ここは、まだ2005年です。
事態を会社へ報告。しばらく出社出来ないことを伝えるとともに、休職(3度目か……。ちなみに2度目,最初)のお願いをしました。少なくとも涼しくなるまでは休んだ方が良い(2度目と一緒)と思っています。
相手には選択枝の残っていない通告になってしまいました。また、やりかけだった仕事は途中放棄と言うか、職務放棄と言うか、時代が時代なら銃殺刑ものです。
この状況を鑑みて、坑うつ剤が変更になりました。これまで飲んでいたパキシルから、デプロメールという薬に換わりました。パキシルの飲み始めの時は慣れるまで1月ほど慣れなくて苦労しましたが、今回も不安です。先生は副作用など無いと言いますが……。
それから、先生から入院の提案を受けました。今、手の離せない仕事もあり、魅力的な提案ですが受ける訳には行かないと考えています。
会社や客先との連絡や、毎日の報告をメールで送るために使っていた、会社支給の携帯電話を水に落としました。乾かせば使えると聞いていたので、十分乾かしてから電源を入れたら復活しました。と思ったら、数分後に電源が落ちました。同様の症状は繰返し見られました。乾燥が足りないのかと思って、車のダッシュボードに置いて乾かしたら、完全に死にました。急遽、代わりの携帯を準備しようと奔走したのですが、この地では新規契約はできても、交換は出来ないとのことでした。仕方無いので、私用の携帯電話を代わりに使っています。電話代請求出来ないだろうなぁ。
また、現場で腕時計が壊れました。学生時代から20年使っている時計です。日付表示が回らなくなりました。いろいろ相次いで壊れると、精神を消耗しますね。辛いです。
話は替わりますが、出張中の車中(レンタカー)、とんでもない事故のニュースが飛び込んできました。かなり地獄のような状況らしいです。これについては、落ち着いたら書きたいと思います。
4月25日補遺 結局、23日に休日出勤して、上司と打合せして、資料を作りました。ご迷惑をおかけして、本当にスミマセン。
叱られている最中は、何とか立っているのが必死で、気が遠くなっていくなるのを必死で堪えていました。ここから逃れられるなら死んでもいいとか考えてしまいました。もしここが駅のプラットホームだったら、間違いなく線(以下、過激につき自粛)。電話が終わって、立っていられなくて、本気で救急車を呼んでもらおうと思いました。でも現場で救急車を呼んだら事故扱いになってしまって、さらに話が面倒なことになってしまう恐れがあって、これはやめました。
その後、叱られて気が沈むというより、体中が変調を来してしまいました。まず、体中の筋肉に力が入らないんですね、階段とか登れない (^_^;。食欲はまったくなしなど。自分がうつ病であるという事実を再認識しました。これだけの症状だと、即入院コースでしょうね。救急車呼んだほうが良かったのか、悪かったのか。
うつ病ってのは、「脳の骨折」と言われています。脳の負担を軽くしてやるなどの処置で、折れたところは元どおり繋がるから。でも、今日の出来ごとは繋がりかけた骨をまた折ってしまったかな?。
20日補遺:あの日以降、医者と相談して減らしていた坑うつ剤を減らす前の処方で飲んだり、睡眠時間が少しでも長くなるよう工夫していたら、体中の不調や沈んだ気分は取れました。とりあえず、大事には至らなかったようです。ここに書いて告白するのも、対応策の一つかな。
九州ブルトレの削減なんてニュースも影響しているかもしれませんが、猛烈な喪失感に襲われています。月曜日の朝から現場に出るため、月曜は早朝出発。土曜に現場の仕事を終えて、帰ってくる途中に会社に立ち寄り、現場で出来ないデスクワークをこなし、日曜になってから帰ってくるという生活パターンです。日曜日は何もする気が起きませんし、平日の反動で鬱が出ます。仕事以外何も進まないというのが、喪失感の原因のようです。
そう言えば、北海道の時も帰ってきてから喪失感にさいなまれましたが、この手の仕事はそういうものなのかもしれません。もっとも、会社にいても、深夜帰宅が多くなるこの時期は、喪失感は大なり小なりはありましたので、今やっている仕事が悪いとも一概に言えないかもしれません。また、現場が茨城と近県である事は移動時間も小さく、好条件であると考えるべきなのかもしれません。
そもそも、私が鉄道に興味を持ったのは、世に言う「ブルートレイン・ブーム」の時のことです。東海道本線沿線とは言え、関西地区に住んでいた私にとって、ブルートレインは、深夜に通過する列車でお目にかかる機会のない、あこがれ感も大きい存在でした。それだけに、今回の削減は悲しむべきことではあるのですが......。
父が国鉄勤めであったこともありますが、ブルートレインを含める夜行列車というと、彗星,金星(電車)に乗車しています。就職してからは知人と、はくつる,鳥海に乗車しています。東京発の九州ブルトレには縁がありませんでしたねぇ。
私自信、九州出張は飛行機+博多のホテルという組み合せを何度か使ったことがあり、ブルトレとは縁遠かったですから、廃止と言うのもしかたなく思えます。
仕事の内容や社内の事情から、私が長期出張しなければ行けない事は、反論の余地も無い事でしたし、客先との経緯からも逃れざるを得ないようです。ただし、体調は万全ではなく(土日休+2週に1日程度はダウンしています)、通院も続けている私に、休むことが許されない現場での仕事をこなせるかどうかは不安があります。本当に私が出張しなければ行けないのかという点に関しては、ちょっと釈然としないものを感じています。
釈然としないのは、かつての類似の仕事で体を壊してしまったことに対する恐怖感が大きいのかもしれません。今は投薬治療を受けていますし、その上ではまぁまぁ体調も保持出来ているわけですから、乗り超えるべき壁と思って、チャレンジするしか無いようです。また、北海道での失敗の経験も活かして、今度はうまくこなしたいとも思います。
星界の戦記は、最初アニメで見て興味を持ち、原作を読んで世界観にはまったという経緯です。平面宇宙理論は空想ではありますが、多くの場合「超能力* = SF」な公式が当てはまる日本の SF 界にあって、SF 度(理論的説明が行き届いている)が高い点を評価します。また、森岡氏の文体は、やや回りくどくてまどろっこしい。これは私の文章の癖に類似していて共感も感じています。
「星界」シリーズを読んで気が付いたのですが、私は SF が好きなようです。SF アニメが好きですし、米国の SF ドラマも結構好きですね。後者で言うと、"STAR TRECK" は言うまでもなく、"STAR GATE SG-1" も最近のお気に入りです。
*) エネルギー保存の法則を適応すると、超能力を生み出すエネルギーの説明がつかない。原子核の内部で作用している微細な第3の力や第4の力までが認知されている現代物理学において、これを遥かに超えるエネルギーの別の力場の存在も認知できない。よって、超能力は非科学である。非科学なものを扱った空想科学小説(SF)というのは、定義に矛盾がある。−−と私は考える
10月末に復職して以降は、それでも週に1日くらいは体調(=気分?)の優れない日があって、土日と合わせると3休4働もしくは4休3働という率で、正直芳しいとは言いがたい状態でした。休んだと言っても、無理をしないでおこうといった状態のことも少なくなく、調子悪いのを押して仕事しまくって、どんどん症状を悪化させていた1年前よりは、相当改善されています。
勝率5割では困るので、12月から処方箋で坑鬱剤が増量になりました。これはよく効きました。かなり調子良かったです。もう元に戻ったのではないかと思うくらいに。そんなことで、どれくらい無理が効くのか(=回復しているのか)を確認するため、この年末年始はスケジュールを密に立ててみました。結構クリヤーできて自信も付きました。
ただし、ここ数日は調子を崩しました。年末年始の疲れがどっと出たみたいです。この辺が限界点でしょう。
それにしても体調良かったと言ったって、薬の大量投与で保っているに過ぎないわけですから、あまり無理しないように注意しようと思います。
「新年は温泉地で過ごす」と突然決めた両親に引き連れられて、正月から下呂温泉に来ています。なんでも格安で宿が取れたとかですが、正月からゴージャスです。
この計画に合わせて、私には密かに狙っていたことがありました。下呂駅の古レールです。高山線の古レールはレアものの出現比率が高く(例えば、飛騨古川)、下呂駅のホーム上屋にも「レアものに見える」古レールがまとまって使用されていることが気になっていました。場所がら調査に出向く機会も作りにくく、どうしたものかと思っていました。
幸い、チェックインしてから夕食まで時間がありましたので、下呂駅に行ってまいりました。
改札から入って左に曲がり、まずは1番線から調査です。......と、何だか見覚えのある古レールの刻印が見えます。脳内データベースでチェックして該当するものは......。まさか、日本最初のレールの製造元である
DARLINGTON
IRON の刻印に見えるではないか。そんな馬鹿な。と比較的刻印が明瞭なレールを見つけて確認します。D,A,R,I,N,G,T,O,N, ,I,R,O,N, ,C,O, ,L,I,M,D, ,7,4, ,I,R,J、確かに読めます(その後で、明瞭な刻印を発見したので、完全に確定)。まさにそのレールでした。平底レールでしたので、1878年に開業した京都−大阪間で敷設されたレールのようです。さらに驚いたのは、下呂駅のホーム上屋の部材は1番線も2,3番線も、この
DARLINGTON がほとんどであったことです。
正月そうそう、珍しいものが見れました。
PS. こりゃ、元旦で運を使い果たしたな。どう見ても。
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