ボイジ地域は大都市圏から遠く離れた地域であるが、それゆえにビジネス面、生活面両面においてコストが安いことから起業化が容易であり、地域内の相互扶助の体制がありスタートアップ企業を育てる環境があった。 また成長した多くの企業はその後の人材確保のため地域内の高等教育機関を始め人材育成のための施設やさまざまな社会基盤への投資を継続的に行ってきている。 1つの成功事例が次の成功事例を生むと言う好循環を形成し多様な産業構成や業種構成を形成することができたのである。 ボイジ地域経済発展の契機となったJ・R・シンプロット、アルバートソンなどの企業がボイジから生まれたと言う事は単なる偶然であったかもしれない。 しかしながらこれらの優れた経営者を輩出したことが一層同地域での起業化への意欲を高め、地域自体もその循環を途絶えさすことなくスタートアップ企業を育てようとする土壌を形成したのは単なる偶然ではない。 一方、州政府は生活環境重視の方針を貫ぬき各種の環境保護法を制定している。 また1980年代には地域電話会社USWESTとの交渉を通じて情報通信網の整備に注力するなど重要な決断を行っている。 州政府は他州に見られるような大規模なインセンティブの附与は行っていないものの、税体系の安定的な運用や各種の税額控除などトータルなパッケージとしてアイダホ州の有利性をアピールしてきている。 近時においてもWorkforce Development Training Fundによる人材の供給確保や他地域とのアクセスの観点から空港拡張など同地域に見られる好循環を維持できるよう側面支援を継続している。
日本において地方の時代が叫ばれて久しく、近年の規制緩和、地方分権の流れのなかで地方企業の成功例がいくつか出てきているものの、大都市圏から離れた地域で地元の企業が成長し全国規模の企業になった後も、その地域で独自の発展を遂げている成功例は極めて少ない。 ボイジ地域のごとく多様な業種の集積が見られる地域は皆無であろう。 ボイジ地域の例は日本の多くの大都市から離れた地域の自治体にどのような点で参考になるであろうか。 州当局者からのメッセージは以下のような内容であった。 「税金、インセンティブ、生活環境を含めてその地域のメリット、デメリットの全体像を伝えることである。 投資を検討している企業にとってアイダホ州の情報はほとんど知られていなかった。 ヒューレット・パッカードのような大企業の誘致はもちろん効果的であるが、スタートアップ企業を育て地域内で支える仕組みを構築することのほうが重要である。 同地域には伝統的にスモールビジネスをインフラ面で支える土壌が存在している。 さらにその地域に豊かな自然環境、レクリエーションが無ければ人はやってこない。 高い生活の質が重要である。 1986年アイダホ州経済は農業、鉱業、木材産業など主要産業の不振から低迷していた。 このとき州政府はビジネス環境を整えることや生活の質を保証することなど長期的な視野で対応した。 最初は多くの人に『ボイジってどこ』といわれ、一時はいろいろな政府の支援を考えたが、予算の制約もあり短期的な方策を立てて結果を急ぐことはしなかった」(アイダホ州政府の幹部談)。
以上を整理すると次ぎのような点にまとめることができる。
- ボイジ地域が木材、食料品など地元経営資源から多くの企業を成長させた例のごとく、近時ブームとなっているIT産業一辺倒の誘致政策だけではなく、地域の特性を活かした多様な地場産業の育成に努めるべきである。
- 補助金、職業訓練プログラムなどトータル的にバランスの取れたインセンティブが重要であり、補助金や税金の減免などの経済的支援措置は必ずしも決定的な要因ではない。 経済的なインセンティブは一時的であり労働力の質の方が企業にとって重要である。 労働力の質を向上させるためには、魅力ある地域の形成による有用な人材のリクルートと効果的な職業訓練プログラムが大切である。 労働力の質の向上は企業誘致などの点で最も重要なポイントと認識されているため、職業訓練プログラムは既述のように非常に充実した内容となっている。
- ボイジ地域のごとく1つの企業の成長、地域内への投資、次ぎの企業の成功を生むという連鎖的域内起業の環境を作りあげることが重要である。
- 大都市圏から離れていることは生活環境やコストの面で有利性がある一方、アクセス面では大きなマイナス面を抱えることになる。 この点を克服するため交通や情報通信面でのインフラの整備が必須となる。 交通インフラに関しては空港の整備やハブ空港を利用した運行体制の整備によって大都市圏と遜色のないアクセスを構築することが可能となる。 また情報通信網の整備が進めばマイクロン・テクノロジーなどボイジの主要各社が言うようにEメールなどの情報通信手段の活用によって、オペレーションに関してはどこの都市においても大差はなくなるであろう。
日本の場合、東京を中心とした大都市圏への集中が顕著である一方、地方政府の税制面等の権限も限られており、必ずしも効果的なインセンティブの附与ができない状況にある。 また航空網においてもハブ機能などの発達が米国に比べ圧倒的に遅れている。 情報通信の面でも規制緩和が遅れていることから、地域電話会社などにより大都市圏を上回る情報ネットワーク網の構築を図ることは容易でない。 さらに米国ほど人材の流動化が進んでいないため、生活、ビジネス面で優れた環境を作ってもカリフォルニアからボイジ地域に多くの有能な人材が流入するような事態は考えにくいかもしれない。 しかしながら、今後規制緩和や地方分権、雇用形態の変化が進む中で、これらの不利な条件を克服し自立的発展を遂げる地方都市が生まれてくることが期待される。
ボイジ地域は今後もしばらくは全米を上回る成長が続くと予想する専門家が多い。 低コスト、業種の多様化、カリフォルニア州などからの人口の流入、ハイテク産業におけるスピンオフ企業の発生などプラス材料が多い。 反面1990年代以降の成長の大きな原動力となった半導体産業などのハイテク産業は大きな変動性を内在させている他、木材・食料関連産業は必ずしも成長性の高い分野とは言えない。 多用な産業構造と活発な連鎖的起業が将来もボイジの発展の原動力たりうるかは、今後も注目されるところであろう。