常に自慢の心は無し!
 ある人物が昌景に、「なぜ貴殿の軍は何度戦っても一度も後れを取ることがないのか。なにかコツでもあるのか?」ときいたところ、
「二度三度と功名を立てたものは必ず自慢の心が出るもの。工夫などを思い巡らすことが無くなり過ちを起こしやすくなる。私は常に初陣を思って戦うようにしている。故に一度も後れることがなかった。何事も油断すると錆が付いてしまうものであり、寝ても覚めても油断しないことが肝要である。」 (名将言行録)
と武士の心得を述べている。この考えは武士としての心得だけではなく、現代の我々にも十分共感を呼ぶところである。

山梨県川浦温泉「山県館」に伝わる山県昌景公御仕様兜

簡素な作りであるが実用性を重んじたことが伺い知れる。450 年の歴史を感じさせる逸品である!

今川家の衰退を予測する (太原雪斉について)
 昌景は今川家が北条、武田、織田と何度戦をしても後れを取ることがなく、駿河を良く治めている理由は、太原雪斉長老によるところが大きく、かれが居なくなればたちどころに家運は衰退するであろうと予言していた。これは昌景と高坂弾正昌信が話していたことである。
「今川の家、後世まで栄ることは無いであろう。何かあれば雪斎和尚によるところが大きい。譜代の功労の士は数多いるけど、大将を務めるような人物はいないように思える。よって雪斎の後、かならず家運は衰退するものと思う。」 (名将言行録)
 とのことであった。彼らの予想とおり氏真の代で今川家は滅びてしまった。

若きもののかたぎ

  あるとき土屋昌次が昌景に若者についてどのように思うか聞いてみた。土屋はいろいろな若者を見てきたが、どの者が使える者で、どの者が役に立たないのか判断するのに迷っていた。それで昌景に目利きのコツを問うたのである。

若者には三種類のタイプがある。第一に異相者、第二に伊達者、第三にえち者。異相者はひとかたぎにて、心清く、武に役立つこと間違えない。当家にては穴山殿 (梅雪信君、昌景は梅雪をこれほどまでかっていたとは???)、名和無理介、国持では織田信長なり。
 二番に伊達者も役に立つものである。一条殿 (一条右衛門太夫信龍、信玄の弟) は、馬鞍武具等、これほど忙しくともいつも新しく、しかも諸国の良い浪人を集めている。
 三番目はえち者。衣類諸道具、華美にて女の好むようにする者のことである。なんの役にも立たない憶病者で、恥を恥と思わず口ばかり長けている。武辺の時は老人ばかりを狙い、親兄弟の戦敵を見ても槍を合わせようともしない。

 昌景の先見性を良く物語っている文章である。穴山梅雪のことを以外と買っていることに多少驚きを感じる。

 

山県氏

山県姓襲名と兄の謀反

山県大弐

装備品

与力、同心

火踊り

関係した史跡

関連人物

合戦

1