6.2.2  古レールの刻印を解読する(米国2大メーカー製)

1st wrote at 1999.10.09 / Last update at 2006.09.13

 古レールのメーカーごとの解説です。アメリカ(合衆国)のレールメーカーは、当初(1900年頃まで)は小さいメーカーが多数あったものの、1920年頃までにUS スチール (United States Steel)とベスレヘムスチール(Bethlehem Steel)の 2 大系統に合流・合併したようです。ここでは、これら二大メーカー製のレールを集めてみました(その他の米国諸社製はこちら)。 

 メーカー名(および系列名)の読みとその製造地名については、『レールの趣味的研究序説』,『レールの旅路』や、ベスレヘムスチールのウェブサイト,US スチールのウェブサイトを参考にしました。 
 カタカナ表記に関しては、筆者の好みで一部修正した読み方があります。 

 以下の順番は、製造元名のABC順としています。 
 

| B.S.CO. ( BICO / CAMBRIA / LACKAWANNA / MARYLAND / STEELTON ) |
| US Steel ( CARNEGIE ( 1901〜1909 , 1910〜1935 ) /
 

(1) ベスレヘム製鋼会社(Bethlehem Steel Co.)

 いくつかの米国の製鉄会社が合流して形成された大製鉄会社。
 ベスレヘム製鋼会社のウェブサイトにあった社史のページによると、1861年に "Bethlehem Iron Company" として操業を開始し、1873年からレールを製造、1899年に "Bethlehem Steel Company",1904年に "Bethlehem Steel Corporation" に改称しています。1916年より中小の製鉄会社と合併するようになり、同年には "Maryland Steel","Pennsylvania Steel" (Steelton) など,1922年に "Lackawanna Iron & Steel Co.",1923年に "Cambria Steel Co." などを傘下に収めました。最終的に、米国第2位の鉄鋼メーカーに成長したようです。

 ベスレヘム製鋼会社の本拠地は、"Maryland Steel" を引き継いだ Sparrows Point にあったようです。ベスレヘム製鋼会社は、20世紀末に業績が悪化し、Bethlehem (1995年),Jonstown (Cambria, 1994年5月),Lackawanna (1983年),Steelton (1999年) の各工場で鋼|の製造を終了しています。さらに、オハイオ州 Richfield(リッチフィールド)に本拠地を構える、"International Steel Group" (ISG) によって、2003年5月7日までに買収されてしまいました。

 各工場(地域)ごとに、刻印の内容や順序が違っていますが、大概の場合、社名の略である「B.S.CO.」の刻印が大抵入っています。また、この会社の代理店と思われる、CONSTECO と書かれた紡錘形のマークが入っていることが時々あります。

| BICO | CAMBRIA | LACKAWANNA | MARYLAND | STEELTON |


ベスレヘム鉄鋼社(Bethlehem Iron Co.)

(豊橋) BICO STEEL.76
会社名: Bethlehem Iron Co.(ベスレヘム鉄鋼社) 
所在国: アメリカ合衆国ペンシルバニア州
所在地: Bethlehem(ベスレヘム,ニューヨーク市の西方、州境近く)
略沿革:
  • 1995年11月に "Bethlehem Works" からの鋼の生産終了。
  • 1899年に "Bethlehem Steel" に社名変更。
  • 1873年より Bessemer 転炉を使用し、レール製造も開始。
  • 1861年に "Bethlehem Iron Co." に改称。
  • 1857年に前身の "Saucona Iron Co." 設立。
  •  アメリカのベスレヘム製鋼会社の前身のベスレヘム鉄鋼社のレールと考えられています。

     ベスレヘム鉄鋼社は1873年からレールの製造を開始しており、1876年製のこのレールを、ベスレヘム鉄鋼社製と見ることに矛盾はないと考えます。

     豊橋のものについては、『鉄道シーン 500』に西野保行氏が書き寄せている「(177) 名鉄に見られる1870年代レール」に正に記されているものではないかと思います。

     略沿革は、ベスレヘム製鋼会社のウェブサイトの社史のページや "Bethlehem Works" (製鉄工場の建物を再活用している)のウェブサイトの歴史のページを参考としました。

    BICO STEEL.76
    名鉄名古屋本線 豊橋駅(90度回転)

    ラッカワンナ(B.S.CO. LACKAWANNA)

    刻 印 の 例 同形
    月違い
    (飛騨古川) OTARU MADE IN <CONSTECO> USA【遮蔽】WANNA 600 6 1922 (盛岡)
    工場名: B.S.CO. LACKAWANNA (ベスレヘム製鉄会社ラッカワンナ)
    所在国: アメリカ合衆国ニューヨーク州
    所在地: Buffalo(バッファロー,エリー湖出口付近)
    略沿革:
  • 1983年に大半の設備を閉鎖。
  • 1922年までは単独会社の Lackawanna Iron & Steel Co. 社。
  •  盛岡駅の1922年製レールは、ベスレヘム製鋼会社のレールを販売した商社(?)のCONSTECOのマークが入っていますので、合併後の一例でしょう。なお、このレールの刻印の先頭の「OTARU」は、『私の見た古レール』によれば、陸上げ港の小樽を示したもののようです。

     略沿革は、"Buffalo Architecture and History" というウェブサイトにあるページを参考としました。

    OTARU 工 MADE IN <CONSTECO> USA【遮蔽】WANNA 600 6 1922
    高山本線 飛騨古川駅(90度回転)

    メリーランド(B.S.CO. MARYLAND)

    刻 印 の 例 同形月違い
    (上野@メトロ) B.S.CO. MARYLAND. O.H. IIIIIIIIIII .1926. 90LB.A.R.A. B.
    (木ノ本) 75AS BSCO MARYLAND OH IIIIIIIIIII 1923 75ASCE I G R (大垣),(辻堂)
    (新大久保) 75AS BSCO MARYLAND O?  IIIIIIII  1923  
    (近江八幡) 60A BSCO MARYLAND【不明瞭】1923  60LBS ASCE  
    (石和温泉) 244 BSCO MARYLANDOHIIIIIIII1923 60LBS ASCE IGR  
    (近江長岡) 【不明瞭】BSCO MARYLAND  OH  IIIIIIIIIIII  1923  60ASCE IGR  
    (松本)      B S C O MARYLAND IIIIIIIIIII 1923  60LBS ASCE  
    (富山5)    ???? MARY ???? 60 LBS ASCE ICF 【以下、読めず】  
    (所沢) 179 BS CO MARYLAND IIIII 1917 TYPE IIIA  67 LBS  
    工場名: B.S.CO. MARYLAND(ベスレヘム製鉄会社メリーランド)
    所在国: アメリカ合衆国メリーランド州
    所在地: Sparrows Point
    略沿革:
  • 工場は、今なお現役のようである。
  • 1916年までは単独会社の MARYLAND 社。
  •  刻印の先頭付近に Bethlehem Steel Co. の略の B.S.CO. の略号が入っています。ASCE レールでも、60ポンドは "60A"、75ポンドは"75AS" と標記が異なるようです。

     所沢のものは、TYPE IIIAというロシアの東支鉄道向けの規格のレールです。

     略沿革は、"Maritime Business Strategies" というウェブサイトにあるページを参考としました。

    75AS BSCO MARYLAND OH IIIIIIIIIII 1923 75ASCE  IGR
    北陸本線 木之本駅(90度回転)

    スチールトン(B.S.CO. STEELTON)

    刻 印 の 例 同年月違い
    (沼津),(板橋),
    (拝島)
    75-A S B S.CO STEELTON   IIIIIIIIII.  1923  O H I G R  
    (石和温泉) 75-A S B S CO   STEELTON   IIIIIIIIII  1923  O H 75 LBS A S C E
    (沼津) 75-A B.S.CO STEELTON IIIII   1919  OH 75LBS A S C E   (沼津)
    (新山口),(田村),
    75-A B.S.CO. STEELTON   IIIII  1919 OH 75LBS A S C E 以下へ↓
    ↑と (袋井),(用宗),(興津),(富山1),(王子) (草津),(安土),(能登川),(興津),(富士)
    (宇部新川), と↓ 60-A.S.B.S.CO STEELTON  IIIIIIIIII   1923 O.H.I.G.R. (嘉川), と↓
    (新山口),(金光),(横浜), (弁天島),(大久保),(上野)
    (吹田),(福知山),(膳所),(守山),(野州),(近江八幡),(彦根),(米原),
    (中川辺),(西小坂井),(佐原),(上尾),(田町),(下館)
     
    60-A S  B S CO STEELTON IIIIII 1922 OH 工 <CONSTECO> MADE IN USA
    (武蔵境),(北上),(佐野)  
    60-A S B S CO STEELTON IIIIII  1922  OH 【満鉄マーク】-<CONSTECO>-MADE IN USA
    (蓮田)    
    60-AS BSCO STEELTON IIIIII  1922 OH【満鉄】-<CONSTECO> MADE IN USA
    (武州原谷), と↓ 60-A.S. B.S.CO. STEELTON. IIIIIIIII. 1920. O.H. (西新井), と↓
    (北大宮),(上福岡),(業平橋),(下赤塚) (寄居@秩鉄)
    (吉原) 60 A BSCO STEELTON   IIIIIIIIIII   1919 OH 60LBS A S C E
    不明瞭なもの → (敦賀),(南千住),(武蔵境)  
    工場名: B.S.CO. STEELTON(ベスレヘム製鉄会社スチールトン)
    所在国: アメリカ合衆国ペンシルバニア州
    所在地: Steelton, Harrisburg
      (ハリスバーグのスチールトン,ペンシルバニア州中部の町
    略沿革:
  • 2002年8月に廃業。1999年6月より休業。
  • 1916年7月にベスレヘム・スチールにより買収。
  • 1916年7月までは単独会社の "Pennsylvania Steel" 社。
  • 1867年5月操業開始(同年、Bessemer 転炉導入。同時か ?)。
  • 1865年6月創立。
  •  アメリカのベスレヘム・スチール社スチールトン製。元の "Pennsylvania Steel" 社がベスレヘム・スチール傘下となったのは、1916年のことのようです。以降、"B.S.CO. STEELTON" の略号が入るようになります。

     レールの趣味的研究序説〔下〕』によれば、南満州鉄道のマークが入った STEELTON 製レールが仙石線本塩釜のホームと東北線南浦和駅付近の跨線橋で見られたそうですが、前者は高架化による付け替えですでになく、南浦和では確認できなかったので幻のレールとなっていましたが、JR中央線武蔵境駅や東北本線蓮田駅から発見できました。両毛線の佐野駅には、比較的まとまってありましたが、駅の橋上化工事の際に撤去されてしまったようです。

     略沿革は、"Dauphin County Genealogy Resource Center" のウェブサイトにあるページや、その他インターネット上の断片的な情報を参考に整理しました。

    60-A S BSCO STEELTON IIIIII 1922 OH【満鉄マーク】-<CONSTECO> MADE IN USA 工
    ↑東北本線 蓮田駅(90度回転) 東武 東上線 下赤塚駅(165度回転)↓
    60-A.S. B.S.CO STEELTON. IIIIIIIII.  1920 O.H.

    (2) US製鋼会社(United States Steel)

     幾つかの米国の製鉄会社を小会社として傘下に納めていって形成された大製鉄グループ企業。
     1901年に "Carnegie Steel Co." の創業者(アンドリュー=カーネギー)が事業を譲渡したのち、これを中心に1901年に "Illinois Steel Co.","Lorain Steel Co.",1907年に "TCI & RR Co." (TENNESSEE) を傘下としました。これら US スチールの歴史は、James R. Alexander 博士の "zanderpage" というウェブサイトのページに詳しく記されています。

     "United States Steel Corporation" は、ペンシルバニア州ピッツバーグ(Pittsburgh, PA)を本拠地としていました。1986年に "USX Corporation" と改称したり、2003年5月20日までに "National Steel Corporation" に買収されたりと、近年は動きが活発です。

     小会社の集合体という形態であったためか、各工場(地域)ごとに刻印の内容や順序,字体が異なっています。1910年代末よりレールの断面を表現した 4〜5 桁のコードナンバーを使用するようになる点は共通点とも言えますが、コードナンバーを使用しているヨーロッパのレールメーカーもありますから(PROVIDENCE)、この一点を共通点とするのも難しそうです。このコードナンバーは、当初は "Illinois Steel Co." が使っていたものを拡張・流用したようです。
     近年は、かつての小会社は "National Steel Corporation" 傘下の一つの会社として統合されており、各製鉄所(群)は "United States Steel Corporation" の工場という位置付けとなっているようです。

    | CARNEGIE(1901〜1910 , 1910〜1935)| ILLINOIS | LORAIN | TENNESSEE |


    カーネギー (CARNEGIE, US Steel) その3 (1910〜1935)

    刻 印 の 例 同形月違い
    (米原),(高月), と↓ CARNEGIE  E  T  U S A  1919  III      7540  (草津), と↓
    (木ノ本),(富山K),
    (西小坂井),(武蔵小金井)
    (関ヶ原),(西小坂井),(沼津),(用宗),
    (草薙),(興津),(飯田)
    (武蔵小金井) CARNEGIE   E  T   U S A   1917    IIII      7540  
    (米原) CARNEGIE E T U S A 1914 III 7540  
    不完全なもの →  (小村井)  
    (館林),(北大宮), CARNEGIE  E  T  U S A   1922   IIIIIIIIIII 6040  
    ↑と (曳舟),(成増),(下赤塚),(東武練馬)  
    (新岐阜),(江吉良) CARNEGIE   E   T   U S A    1919    IIIIIIII    6040 (西太子堂)
    刻 印 の 例 同形月違い
    (足利) CARNEGIE   1912   E T  II      60 A     I R J (木ノ本),(下呂)
    (幌延),(館林), と↓ CARNEGIE    1912    E T   I      60 - A (上福岡), と↓
    (北大宮),(越生),(東毛呂),(上福岡),(東武練馬),(北池袋) (業平橋),(下赤塚),(東武練馬)
    (大垣),(柴又), と↓
    CARNEGIE    1911    E T    IIIIIIIIII       60 A    I R J (長浜), と↓
    (京成高砂),(東中山) (木ノ本),(菊川),(辻堂),(向ヶ丘遊園)
    不完全なもの →  (石和温泉),(小見川)  
    (調布),(明大前) CARNEGIE   1911   ET   IIIIIIIII   60 A (蓮田),(田町),
    (上総一宮),(天竜二俣)
    (日進) CARNEGIE 1911  ET IIII  
    (唐橋前), と↓ CARNEGIE   1911   ET     I     60 A
    (瓦ヶ浜),(中の庄),(錦),(京阪膳所),(石場),(島ノ関),(三井寺),(近江神宮前)
    (篠ノ井) CARNEGIE  1910   E T  IIIII  60 A (大塚)
    不完全なもの →  (乙川)  
    (近鉄富田) CARNEGIE   1914   E   T   IIIIIII   40   A  
    (阿下喜),(豊島園) CARNEGIE    1914    E   T     I     45    A  
    (新岐阜),(黒野),
    (知立)
    CARNEGIE    1913    E T   IIII     50A (新岐阜)
    (丸尾), と↓ CARNEGIE    1912    E T    IIIIIIIII    50   A (水口),(彦根-鳥…),と↓
    (三峰口),(寄居@秩鉄),(熊谷@秩鉄) (影森),(影森構外)
    (小見川) CARNEGIE   1912   ET  IIII     50 A  ?  ?  ?  
    (近江八幡) CARNEGIE   1911   E T   III    50 A (篠原),(稲枝),(飯田)
    刻 印 の 例 同形月違い
    (業平橋) CARNEGIE    1911    E T    III    60  I【横向きI】
    (新岐阜) CARNEGIE    1911    E T   II    60  R  【横向きI】
    (篠原) CARNEGIE    1911    ET    II     50   A   【横向きI】
    (関ヶ原) CARNEGIE   1910   ET   IIIIIIII    45 A  
    (豊島園) CARNEGIE    1901    E   T    IIIIIIIIIII    60    A
    工場名: CARNEGIE (Edgar Thomson Plant), US Steel(US 製鋼会社カーネギー)
    所在国: アメリカ合衆国ペンシルバニア州
    所在地: Braddock(ピッツバーグ市内 / 郊外?)
    略沿革:
  • "Edgar Thomson" 事業所は、"Mon Vallay" 工場の一部門として現役。
  • 1951年に小会社が統合され(?)、"Carnegie-Illinois Steel Corp." 消滅。
  • 1948年に "Carnegie-Illinois Steel Corp." は、レール圧延から撤退。
  • 1935年に "Illinois Steel" と小会社同士で合併し、"Carnegie-Illinois Steel Corp." となる。
  • 1914(?)年頃以降は刻印の文字が四角くなる。
  • 1910年代以降は断面形状が刻印される(断面形状が刻印されない頃の "Carnegie Steel")。
  •  ここでは、レールの断面規格が刻印されるようになる1910年代以降のものをまとめました(1909年以前のものは次項にあります)。このうち、1914年 (?) 頃以降のものについては、USスチールのコードナンバーが入るようになり、字体も TENNESSEE のような角ばったものとなります。

     刻印中の「ET」は、カーネギースチールの前身の「エドカートムソン工場」製を示しているようです(『レールの趣味的研究序説〔中〕』)。

     略沿革は、"United States Steel" のウェブサイトの "Edgar Thomson Plant" のページやJames R. Alexander 博士の "zanderpage" というウェブサイトのページを参考としました。

    CARNEGIE   E   T   U   S   A    1919   III         7540
    名鉄名古屋本線新岐阜駅(170度回転) ↓名鉄名古屋本線新岐阜駅(170度回転)
    CARNEGIE    1911    ET    II        60   R    【横向きI】

    カーネギー (CARNEGIE, US STEEL) その2 (1901〜1909)

    刻 印 の 例 同形月違い
    (天竜二俣),
    (東武練馬)
    CARNEGIE    1908   ET   IIIIIIII 【横向きI】  
    (福知山) CARNEGIE    1908  E T  I  【横向きI】 K T K  
    (南稚内),(桶川) CARNEGIE   1907   E T  IIIIIIIIII  I  R  J (下曽我),(篠ノ井),
    (国府津)
    (館林) CARNEGIE   1907  ET  IIIIIIII   【横向きI】 (守山)
    (嘉川) ??????IE 1907  E T   IIIIIIII  
    (宇部) CARNEGIE  1907  E T  IIIIIII    S  T  K  
    (館林),(北大宮),
    (業平橋)
    CARNEGIE    1907  E T  IIIIIII    【横向きI】 T T K  
    (御嶽) CARNEGIE 1907 ET IIIIII 【横向きI】  
    (下関) CARNEGIE   1907   E T   I   【横向きI】  I  R  J (観音寺)
    (武蔵境),(足利) CARNEGIE  1906  E T  IIIIIIII        【横向きI】 Y T K      60 A
      (近江長岡),(東中野),(交通博物館) が同形月違い↑
    (安土) CARNEGIE  1906  ET  IIIIIII   【横向きI】 K. T. K.  
    (両国) CARNEGIE 1906 ET IIIIII (太田)
    (下関) CARNEGIE 1906 ET IIIII (下関)
    (鶯谷) CARNEGIE 1906 ET I N T K 【横向きI】 (国立),(新大久保)
    (鶯谷),(新宿) CARNEGIE 1906 ET I 【横向きI】 N T K (熱田),(小淵沢),
    (塩山),(鶯谷)
    類似不完全 → 
    (亀崎),(大磯),(東毛呂)
    (鶯谷),(武蔵境) CARNEGIE 1905 ET IIIIII    【横向きI】   N  T  K  
    同上不完全 →  (岸辺),(王子),(上中里),(飯田橋),(御茶ノ水),(新橋)
    (塩山) CARNEGIE  1905  ET   I   N T K  【横向きI】  
    (十条),(武蔵小金井),(武蔵境) CARNEGIE   1905   E T   I   N T K (浦和)
    (下曽我) CARNEGIE  1905  ET  I  I R J  
    (国立)    【遮蔽】1902  E T IIIIIIIIII  I  R  ?  
    工場名: CARNEGIE (Edgar Thomson Plant), US Steel(US 製鋼会社カーネギー)
    所在国: アメリカ合衆国ペンシルバニア州
    所在地: Braddock(ピッツバーグ市内 / 郊外?)
    略沿革:
  • 1910年代以前は発注者名が刻印されることが多いが、断面形状は刻印されない(断面形状が刻印されるようになった CARNEGIE)。
  • 1901年5月25日に創業者アンドリュー・カーネギーが "CARNEGIE STEEL Co." の事業を譲渡し、"United States Steel" が誕生。
  •  ここでは、1901年以降で発注者名が入っているケースの多い1910年より前のレールについてまとめました(1910年以後のものは前項にあります)。発注者名としては、年代の新しいレール(上)から、関西鉄道(K T K)官鉄(IRJ,工)山陽鉄道(STK)(1896年製も),東武鉄道 (TTK)横浜鉄道 (YTK)日本鉄道 (NTK)などが見られます。

     この時期の刻印の文字列の中には、Iの文字を横向きにしたマークが入るようになります。山陽本線宇部駅の STK 発注の1907年製は、製造月と発注者名の間に文字類の読み取れない長い空白が認められましたが、他のリストと比較すると、この部分に、横向きIマークが見られるのが一般的なようです。刻印中の「ET」は、カーネギースチールの前身の「エドガー・トムソン工場」製を示しているようです(『レールの趣味的研究序説〔中〕』)。四角い字体のため、5と6の区別が難しい点は、要注意です。

    CARNEGIE  1906  E T  IIIIIIII        【横向きI】 Y T K      60 A
    両毛線足利駅(90度回転)

    USスチール・イリノイ(ILLINOIS, US STEEL)

    刻 印 の 例 月違い
    (富山K),(草津), ↓と ASCE OH 7540 ILLINOIS G IIIII  1919 USA (米原),(草薙)
    (米原),(中川辺),(西小坂井),(用宗),(興津),(富士),(長野),(山梨市),(秋葉原)  
    同上不完全 → (笠岡),(直江津),(関ヶ原)  
    (富山K) ASCE  OH   7540 ILLINOIS  S  IIII    1919 USA - 工  
    G/S 不明 不完全 → (富山1),(木ノ本)  
    (富山2) 6015 I S. Co SOUTH VIII 1918
    (伊賀上野) 6015 I S Co SOUTH ?? 191?
    (所沢) OH 675 75 ILLINOIS U.S.A S IIIIIII 1917   
    工場名: ILLINOIS, US Steel(US 製鋼会社イリノイ)
    所在国: アメリカ合衆国 イリノイ州 および インディアナ州
    所在地:
  • Gary(ゲーリー,シカゴ南東の街,インディアナ州)
  • Chicago(シカゴ,イリノイ州)南方、Calumet 川河口付近
  • 略沿革:
  • ゲーリー工場は現役。南工場は1992年4月10日に閉鎖。
  • 1951年に小会社が統合され(?)、"Carnegie-Illinois Steel Corp." 消滅。
  • 1948年に "Carnegie-Illinois Steel Corp." は、レール圧延から撤退。
  • 1935年に "Carnegie Steel" と小会社同士で合併し、"Carnegie-Illinois Steel Corp." となる。
  • 1908年12月12日に、Gary(ゲーリー)工場が操業開始。
  • 1901年までは単独会社の "ILLINOIS STEEL Co."。
  •  刻印は斜体文字であることが最大の特徴です。

     『レールの趣味的研究序説〔中〕』によれば、「シカゴ北工場と南工場.のちにゲーリー工場があった.工場名はたんねんに記入されている」とあり、これらの工場の別は、"S"(南工場),"G"(ゲーリー工場)などと刻印されているようです。

     所沢駅のものは、明記されていませんが、形状から見て、TYPE IIIAというロシアの東支鉄道向けの規格と思われます。

     略沿革は、"Chicago's Southeast Side Home Page" というウェブサイトのページやJames R. Alexander 博士の "zanderpage" というウェブサイトのページを参考に整理しました。

    ASCE OH 7540 ILLINOIS G IIIII (以下、切れてます)
    北陸本線富山駅(90度回転)

    US スチール・ローレン製鋼会社 (LORAIN, US STEEL)

    [鴨川竹田橋] LORAIN STEEL CO MADE IN USA O 92 358 1930  IIIIII  OH  KSD
    会社名: LORAIN STEEL Co., US Steel(US 製鋼会社ローレン製鋼社)
    所在国: アメリカ合衆国オハイオ州
    所在地: Lorain(クリーブランド西方で、エリー湖岸の都市名)
    略沿革:
  • 現在は、"Lorain Tubular Division" に属する。
  • 1935年に小会社同士の合併で誕生した "Carnegie-Illinois Steel Corp." の一部となる。 
  • 1901年までは単独会社の Lorain Steel 社。
  •  LORAIN 社製のレールは、1890〜1900年代などは普通レールも見られますが、鴨川竹田橋のもののように、日本で使われた溝付きレールなどの路面電車用レールの主要メーカーとなっています。

     略沿革は、"Lorain Public Library System" のウェブサイトのページや U.S. Steel のウェブサイトの "Lorain Tubular Division" のページ,James R. Alexander 博士の "zanderpage" というウェブサイトのページを参考としました。

    LORAIN STEEL CO MADE IN USA O 92 358 1930  IIIIII  OH  KSD
    京都鴨川竹田橋(90度回転)

    US スチール・テネシー(TENNESSEE, US STEEL)

    刻 印 の 例 同形月違い
    (掛川) OH TENNESSEE 9030 ARA-B 12 1925  
    (笠岡) OH TENNESSEE 7540 ASCE-1-1924    
    (米原),(直江津), と↓  OH TENNESSEE 7540 ASCE 3 1923 (笠岡),(近江長岡), と↓
    (山梨市),(武蔵小金井),(大原) (武蔵小金井)
    (新山口), と↓ OH TENNESSEE-7540-ASCE-1-1922 (草津),(米原), と↓
    (宇部新川),(田村),(加賀笠間),(西小坂井),
    (長野),(拝島),(辻堂),(西浦和)
    (田村),(新疋田),(近江長岡),
    (三河三谷),(岩瀬),(大井町),[大宮工展]
    (日田),(新山口), と↓ OH TENNESSEE-7540-ASCE-12-1921 (小野田), と↓
    (高月),(木ノ本),(石和温泉) (伊賀上野),(興津),(草薙),(沼津)
    (飯田),(所沢) OH TENNESSEE 75?? ASCE ? 192?   
    (蘇我) OH TENNESSEE 7540 ASCE 【遮蔽物】  
    (御茶ノ水), と↓ OH TENNESSEE-7540-ASCE-11-1926  
    (向ヶ丘遊園),(登戸@小田急),(豪徳寺),
    (下北沢@小田急),(東北沢),(代々木八幡)
    (登戸@小田急), と↓ OH TENNESSEE-7540-ASCE-9-1925 (豪徳寺),(梅ヶ丘), と↓
    (豪徳寺),(梅ヶ丘),(世田谷代田),(代々木八幡) (代々木八幡)
    (向ヶ丘遊園), と↓ OH TENNESSEE-7540-ASCE-12-1923 (武蔵小金井), と↓
    (登戸@小田急),(豪徳寺),(梅ヶ丘),(世田谷代田),
    (下北沢@小田急),(東北沢),(代々木八幡)
    (佐野@東武),(太田),
    (西新井),(曳舟),(東武練馬)
    (北池袋) OH TENNESSEE-7540-ASCE-7-1922 (富山1)
    (伊勢崎@東武) OH TENNESSEE 7540-ASCE ? 192?  
    不完全なもの→ (板橋),(浦賀),(小村井),(東長崎)  
    刻 印 の 例 同形月違い
    (米原),(岸辺) OH TENNESSEE-6040-ASCE-1-1924  
    (小倉),(米原), と↓ OH TENNESSEE-6040-ASCE-1-1923 (金光), と↓
    (大垣),(幌延) (大河原),(近江長岡),(熱田),(安城),(菊川),
    (小田原),(上尾),(南稚内),(朝日大塚)
    (久保田),(小倉), と↓ OH TENNESSEE-6040-ASCE-3-1922 (居能),(金光), と↓
    (吹田),(彦根),(米原),(田村),(敦賀),(下呂),(中川辺),
    (関ヶ原),(沼津),(国立),(上尾),(蓮田),(北上),(盛岡)
    (福知山),(寺庄),(大垣),(枇わ島),
    (熱田),(亀崎),(安城),(吉原),(足利),
    (土浦),(南古谷),(東十条),(田町)
    (彦根),(米原) OH TENNESSEE-6040-ASCE-9-1921 (熱田),(西小坂井),
    (武蔵小金井),(西泉)
    (幌延)
    OH TENNESSEE-6040-ASCE-10-1919 IGR (塩山),(北上)
    (厚狭),(保谷),(江古田) OH TENNESSEE-6040-ASCE-1-1924 (新山口),(椎名町)
    (富山2),(富山5), と↓ OH TENNESSEE-6040-ASCE-12-1923 (関ヶ原), と↓
    (小野田),(深溝),(居能),(岩倉) (宇部新川),(熱田),(松本),(高崎),(長沼),(古庄),
    (桜橋),(入江岡),(新清水),(大須),(江吉良),(近鉄富田)
    (太田),(上福岡),
    (東武練馬),(北池袋)
    OH TENNESSEE-6040-ASCE-7-1922 (伊賀上野),(清水),
    (下館),(五日町)
    (ひばりヶ丘),
    (石神井公園),(江古田)
    OH TENNESSEE-6040-ASCE-12-1921 (松本),(館林),
    (東武練馬)
    (上野),(西太子堂) OH TENNESSEE 6040 ASCE ? 192?  
    (豊島園) OH TENNES?EE ??40 ASC? ? 192?  
    (柴又),(京成高砂),
    (東中山)
    OH TENNESSEE 6040-ASCE-12-1919  
    (所沢) OH TENNESSEE 675-75-? 1917 U.S.A  
    (佐野) 600  OH TENNESSEE ? 1913【折曲り】  
    (寄居@秩鉄) 600  OH TENNESSEE 1 1912  IRJ  
    工場名: TENNESSE, US Steel(US 製鉄会社テネシー)
    所在国: アメリカ合衆国 アラバマ州
    所在地: Birmingham(バーミングハム)
    略沿革:
  • 現在は、Birmingham 近郊の "Fairfield Works" が組織を継承 (?)。
  • 1907年以降は、"Tennessee Coal & Iron Division" に属した。
  • 1907年までは単独会社の "Tennessee Coal, Iron and RailRoad Company"。
  • 1902年にレール圧延工場完成。 
  • 1874年に "Tennessee Coal, Iron and RailRoad Company" に再編成。
  • 1860年に "Tennessee Coal and RailRoad Company" に再編成。
  • 1852年に "Sewenee Mining Company" として設立。
  •  日本各地でかなり一般的に見られる輸入レールですが、確認した古レールは、すべてUS Steel 合流後の1907年以降のものです。US Steel 合流前の会社でのレールの製造は1902年からですので、期間も短く、日本に輸出するほど圧延できなかったとも推測されます。

     TENNESSEE のレールの刻印は、字数が多い上に角ばった独特の字体のため、難読です(特に数字)。逆に慣れれば、字体だけで TENNESSEE とわかる様になります。
     下の写真のように数字を "-" で繋ぐのが正確な記述のようです(その他の入っていないものは、読めなかったためと思われます)。寄居の1912年製はこのタイプの記述方法となる以前のもので貴重です。
     最後に「工」マークが入ったものがありますが、工マークだけ他の刻印に比べて、隆起が大きくなっている点が特徴です(そこで太字にしています)。 

     所沢駅のレールは、刻印中に明記されていませんが、形状から見て、TYPE IIIAというロシアの東支鉄道向けの規格と思われます。

     略沿革は、"Birmingham Rails" というウェブサイトにある "TCI&RR Co." のページの記述を参考に整理しました。

    OH TENNESSEE-6040-ASCE-10-1919  IGR  工
    宗谷本線線幌延駅(90度回転)

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